京都郡みやこ町にある唯一の造り酒屋
福岡県北東部にある小さなまち、京都郡(みやこぐん)みやこ町。2006年に、勝山、犀川、豊津の3つの町が合併して生まれました。訪れたのは、秋のはじめ。まちを走る一両編成のディーゼルカーの車窓からは、黄金色の田園をはじめ里山の原風景が見られ、ゆったりした時間の流れが感じられます。
今回ご紹介するのは、そんなみやこ町にある唯一の造り酒屋「林龍平酒造場」。江戸時代後期、1837年から続く蔵元です。歴史ある蔵を守る5代目・林龍平さんに、酒造りのこだわりを伺いました。
料理を引き立てる縁の下の力持ち、純米大吟醸「九州菊」
「菊の花が好きだった祖父が、九州中に広がるお酒になるよう願って名付けたんです」。そう言って、林さんが手にしたのが、林龍平酒造場を代表する銘酒「九州菊(くすぎく)」。創業当時は、「若草」の名で親しまれていた日本酒で、名前が変わった今もその味を受け継ぎ、ふるさとの味として醸し続けています。
お届けする返礼品は、九州菊の中でも林さんが一番手をかけた純米大吟醸。「日本酒は、料理を引き立てる縁の下の力持ち的存在。酒は料理と共にあって、なお料理の“花”を開く」という林さんの考えのもと、食中に楽しむのにぴったりのスッキリした味わいの一本です。
人々の暮らしに寄り添う今川水系を仕込み水に
林龍平酒造場の酒造りを語る上で外せないのが、酒蔵のすぐ裏手にある「今川」。お隣の福岡県と大分県の県境にまたぐ位置にある英彦山(ひこさん)を源とし、みやこ町を通り、周防灘へと流れています。林龍平酒造場は、敷地内に大きな井戸を構え、仕込み水としてこの今川水系の井戸水を使用しているのです。
「この酒蔵をはじめ、近隣の民家の多くは同じ井戸水を、飲み水をはじめ生活用水として使用しているんです。辛口でキレの良い日本酒を造るのに適した硬水で、酒造りには最高の水です」
人々の暮らしに寄り添う今川。仕込み水以外にも、酒蔵にとって重要な役割を担っていたことがあります。その名残が、今も酒蔵の裏手にある今川に向かって作られた石階段です。実はこの階段は交通が発達していなかった時代、船で荷を運ぶために作られたものなんだとか。ここで生まれたお酒は、今川を下る船で運ばれ、多くの人の手に渡っていました。
林龍平酒造場の看板が、道路沿いではなく川に向かってつけられているのも、かつて今川が玄関口となっていたため。今川は、人々の生活に欠かすことができない、まちの宝なのです。
良い水があるところに、良い米が育つ
もう一つ、酒造りに欠かせないのが酒米です。林龍平酒造場では、酒の種類によって人気の「雄町」や福岡生まれの「夢一献」などの酒米を使用。九州菊は、福岡県産の山田錦で造られています。
「みやこ町の中でも山間部にあたるエリアは朝夕冷え込み、寒暖差が激しい地域。さらに酒造りと同じ、良い水に恵まれているため、良い米が育つんです」と林さん。地元農家の協力を得て、地域一帯となり酒造りに取り組んでいます。
昔ながらの造りにこだわり、少量生産
昔ながらの造りにこだわるため、大量生産は難しい林龍平酒造場の日本酒。製造本数は限られているため、林さんのお酒をこれまでに飲んだことがある方は少ないかもしれません。
仕込みの時期ともなれば、杜氏とともに酒蔵に泊まりがけ、24時間つきっきりの日々が続きます。特に冬場は多忙を極めますが、「ずっと心配してきたお酒を、最初に味見して、うまくできていたときは最高の気分!」と林さんはカラカラと笑います。
控えめな米の香りにキレの良さで、硬派な飲み心地
「男酒」と表されることもあるキレのある辛口が特徴の「九州菊」。林さんおすすめの冷酒でいただきました。まず、グラスに注ぐと、すっきりした米の香りがふわり。口に含むと、ふっくらした口当たりのあとにうま味が訪れ、スッと引くキレの良さに潔さすら感じるほど。決して派手ではありませんが、硬派な飲み心地は酒造りに真摯に向き合う姿を思い浮かべます。「我こそは酒好き」という方にこそ飲んでほしい味です。
「日本酒はワインと同じ。栓を開けずに3年ほど、冷蔵庫で寝かせるとまろやかで、甘くなり、また違った楽しみ方ができるんですよ」と、ひと味違ったお酒の楽しみ方も。とはいえ、こんなおいしいお酒を3年も、栓を開けずに置いておくなんて!忍耐強さに自信がある方はぜひ、チャレンジしてくださいね。
お酒を通して、みやこ町の風土を届ける
「今は、蔵自体を大きくしようとは思っていないんです。小さいながらも、自分たちの味を守りつつ、うちのお酒を通してみやこ町がどんな地域か知ってもらえたらうれしいですね」と林さん。近年は、感染症の影響で蔵開きなどイベントがなくなってしまいましたが、代わりにドライブスルーマルシェへの参加やオンラインでの飲み会を主催するなど、新しいお酒の楽しみ方も発信。お酒を紹介する際には、みやこ町のことも伝えるなど、地道な取り組みを進めています。
先祖代々、受け継いできた味と、みやこ町の風土が詰まった「九州菊」。どこか懐かしい里山の景色を思い浮かべながら、しみじみと染みる味を楽しんでみてはいかがでしょう。
九州支部(福岡県みやこ町担当) / 戸田 千文(とだ ちふみ)
愛媛県出身、広島、東京での暮らしを経て、福岡で暮らすフリー編集ライターです。各地を転々としたおかげで、ローカルのおいしいモノ・楽しいコトに興味深々!食いしん坊代表として、特にご当地グルメと地酒は無限の可能性を秘めていると感じます(笑)。首都圏と地方を結ぶ架け橋となるような仕事をしたいと奮闘中です。
山や川に囲まれたみやこ町。思わず深呼吸したくなる景色が広がっています。今川では、初夏にホタルを見ることができますよ。