山梨県富士河口湖町
生きる知恵が詰まった郷土料理「きりざい」
2023.05.10
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、新潟県地域ナビゲーター・長谷川円香さんの「100年先に残したいもの」をご紹介します。それは、雪国の知恵から生まれた郷土料理「きりざい」です。
雪国の知恵から生まれた郷土料理「きりざい」
納豆と刻んだ野菜を混ぜ合わせた「きりざい」。冬になると人の背丈以上に雪が積もる、豪雪地帯で生まれた郷土料理です。名前の由来は、「きり」は切る、「ざい」は野菜の「菜」から。肉や魚が手に入りにくい新潟県南魚沼市で、できるだけ大事に納豆を食べるために野菜を細かくきざんだことが始まりです。
それぞれの家庭によって具材や味付けは異なるものの、かつてどこの家でも食べられていた料理。もっと広めていこうと、現在、魚沼地方では「きりざい」を使った町おこしを行っています。
みなさん、こんにちは!新潟県でライターをしている長谷川円香です。取材では北は村上市から南は糸魚川市まで縦横無尽に動いていますが、それぞれの地域のみなさんに話を聞くうちにその地に根付いた文化に魅了されるようになりました。なかでも、県内屈指の豪雪地帯・魚沼地方の食文化は歴史と気候、地域性が結びついたもの。雪国の知恵から生み出された郷土料理を100年先にも残したい−−そんな気持ちを込めて、今回は「きりざい」をご紹介します。
冬になると辺り一面雪で覆われる、豪雪地帯・南魚沼市
新潟県南部エリア・魚沼盆地にある、南魚沼市。国内有数の豪雪地帯で冬になると多くのスキー客が訪れます。そんな雪深い南魚沼市で忘れてはならないのが、「南魚沼産コシヒカリ」。ミネラルたっぷりの雪解け水と昼夜の寒暖差によって日本一と称される美味しいコシヒカリが育まれています。
南魚沼産コシヒカリとぜひ一緒に食べたいのが、今回ご紹介する「きりざい」。ふっくらとしたお米の上に納豆と刻んだ野菜がたっぷりかかった「南魚沼きりざい丼」は、気づけば丼が空になってしまうほどの美味しさです。
そんなきりざいを多くの人に知ってもらおうと自身のお店で提供しているのが、JR六日町駅から歩いて10分ほどの「味の店 京(あじのみせ きょう)」の南雲勇路(なぐもゆうじ)さん。ご当地グルメとしてきりざいを全国に広めようと「南魚沼きりざいDE愛隊」としても活動する、町おこしの立役者のひとりです。
「昔はどの家でもきりざいを作っていました。家にあるものでなんとかしようとする雪国の知恵なんですよ」と南雲さん。今回は特別にきりざい作りの様子を見学させてもらいました。
丼のなかに歴史のエッセンスを取り入れて
「味の店 京」で作るきりざい丼の材料は、納豆、野沢菜、たくあん、スモークサーモン、「かぐら南蛮の塩麹漬け」の5つ。かぐら南蛮とは、ピーマンよりも少し小さめの唐辛子のことで、肉厚でピリッとした辛さが特徴です。そのかぐら南蛮を麹にじっくり漬けたのが、「かぐら南蛮の塩麹漬け」。かぐら南蛮の辛さを塩麹がマイルドにしてくれます。
野沢菜の茎は歯応えを残すため5mmほどの幅に、葉の部分は茎よりも小さく刻んで。
たくあんも同じくみじん切りにしたら、大粒の納豆を粗くたたいて野沢菜とたくあんと同じくらいの大きさに切っていきます。最初から細かいひきわり納豆を使わない理由は、粘りが違うから。食べる直前にたたくことで粘り気が強い状態でお客さんの前に出せるのだそうです。
納豆はお隣・魚沼市十日町にある「大力(だいりき)納豆」の納豆を使って。「大力納豆」は地元の人にとって給食でも出てくるような慣れ親しんだ味。粘り気のある大粒の納豆です。
これらの材料とかつお節をボウルに移して混ぜ合わせます。そして、「きりざいのタレ」を入れて全体の味を整えていきます。このタレは、南魚沼市で作られた醤油を使ったオリジナルのもの。ほんのりとだしの甘みが感じられます。
混ぜ終わったらきりざいは完成。今度はふっくらと炊き上がったお米を丼に用意します。その上に白ごまとスモークサーモンを置いて味に変化を。最後にきりざいと刻みのり、かぐら南蛮の塩麹漬けをのせて完成です。
「スモークサーモンを入れているのは、地域の歴史を取り入れたかったから」と南雲さん。実は昔、南魚沼市を流れる魚野川は鮭漁が盛んで、貿易の要にもなっていました。この歴史を丼に盛り込めないかと考えてお手頃な価格を崩さないスモークサーモンを入れるようになったそうです。
ボリューム満点でもあっという間に食べてしまう美味しさ
具沢山でボリューム満点なきりざい丼。大きめの海鮮丼くらいの丼で「食べきれるかな…」と不安になりますが、食べてみないことには始まりません。さっそくいただいてみましょう。
きりざいとご飯を一緒にひと口いただくと、野沢菜とたくあんの塩気、納豆の旨み、そしてコシヒカリの甘みが絡まり、口いっぱいに広がります。すべての食材が同じ大きさなので、どれかだけが主張することもなく、ほどよく調和。先ほど切ったばかりの野沢菜とたくあんがシャキシャキと心地よい音を立ててくれます。隠し味のように入れたスモークサーモンとかぐら南蛮の塩麹漬けもよいアクセントに。味の変化があることも相まってあっという間に食べ切ってしまいました。「女性のみなさんもあっという間に食べ切ってしまうんですよね」と南雲さん。そのままきりざいができできた背景についても教えてくれました。
きりざいの町おこしが始まったのは、移住者のひと声から
冬になると物流が止まってしまうことも多かった南魚沼市。そんなときに家にあるもので何か作れないかと考えて生み出されたのがきりざいでした。
「昔はどこの家でも納豆をつくっていました。畑で大豆をつくって冬になると納豆菌と合わせてこたつに入れて発酵させていたらしいですよ。その当時、貴重だった納豆を少しでもかさ増ししようと思って合わせたのが、納屋に眠っていた野菜でした。野菜は新しいものではなく、少しわるくなっているもの。わるいところだけ取って細かく刻んで、納豆と一緒に和えたそうです」
こうして生まれたきりざいは気づけばどこの家でも食べられる郷土料理に。長年、地元の人が食べるものでしたが、町おこしをきっかけに注目を集めるようになりました。「有志で集まってご当地メニューを考えていたのですが、カレーはどの地域でもやっているしあまりパッとしなくて。そんなときに六日町に嫁いできた女性が『きりざいはどうなんでしょうか?』と声をあげてくれたんです。六日町の人にとってきりざいは当たり前すぎたので盲点でした」
そこから「南魚沼きりざい丼」が生まれ、いまやご当地グルメとして全国的にも名前が知られるように。地域の特産と歴史、雪国の知恵が重なった料理となりました。その上で南雲さんは地域の未来にも想いを馳せます。
「小学校の総合学習にお邪魔して、きりざいについてお話させていただくこともあります。きりざいは雪国の知恵で生まれた料理。先人の思いを引き継いで、歴史や食文化を次の世代へ渡す役目を果たせたらと思います」
雪国の生きる知恵が詰まった、後世に残したい郷土料理
今はどんな食材でもだいたいはスーパーマーケットにいけば手に入ります。しかし、昔はそうはいきませんでした。物流も保存方法も整っていなかった時代に雪国の生きる知恵として生まれたのが、きりざいだったのです。
私が初めてきりざいを食べたのは、魚沼地方の温泉宿に泊まったとき。朝食のバイキングで「郷土料理きりざい」というポップとともに、生まれた背景も記載されていました。前日の夕食で満腹だった私のお腹にも優しい味わい。旅程を詰め込んで疲れていた心がほっと安らいでいくようでした。以来、魚沼地方でしか食べられないにも関わらず、ずっと心のなかで気になっていたきりざい。今回お話を伺い、一層雪国の知恵と工夫が詰まったきりざいを次世代に引き継いでほしいと感じました。地域の歴史と食文化、どちらも背景に持ったきりざいは、これからも長く続いてほしい郷土料理のひとつです。
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施設名
味の店 京
住所
新潟県南魚沼市六日町2252 1F
電話番号
025-773-6606
営業時間
11:30~14:00/17:00~22:00
休業日
不定休
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。
地域ナビゲーター
中部地方 地域ナビゲーター
長谷川 円香
企業広報のお手伝いやものづくり企業の紹介記事、観光記事を執筆。旅での気づきを日常に持ち帰ってもらえるように、地域の人や暮らしも含めて伝えるようにしています。