山梨県富士河口湖町
人々の胸を打つ“そのまま”の姿「突哨山」
2021.05.10
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、北海道ナビゲーターの髙橋 栞さんご自身の「100年先に残したいもの」として、北海道旭川市の「突哨山(とっしょうざん)」をご紹介します。
多様な生物が共存する丘陵地
北海道旭川市のなかでも、全国有数の米どころとして古くから畑作や稲作が発展してきた歴史をもつ東鷹栖(ひがしたかす)エリア。このエリアには、隣町の比布(ぴっぷ)町との間にまたがる標高239m、総面積225haの南北に細長い丘陵があります。その名は、「突哨山(とっしょうざん)」。古くは「とっそやま」と呼ばれ、アイヌ語のトゥッソ Tuk-so(突き出る・ところ)が語源とされています。
「国内有数のカタクリ大群落が見られる場所」としても知られているこの山には、分かっているだけでも約1,700種以上の多様な植物や動物が暮らしており、厳しくも美しい自然の営みが散りばめられています。
そんな「突哨山」をご紹介するのは、ふるさとLOVERS 北海道ナビゲーターの髙橋 栞です。旭川市で生まれ育ち、札幌、東京で過ごした後、6年ほど前にUターン。忙しい学生時代にはなかなか目にとまらなかった自然の美しさに、改めて魅了されたのがこの頃でした。
それ以来、山や自然を愛する多くの方々と出会い、山に人々が集うイベントを主催するほど、自然の世界に引き込まれることに。そんな私が感銘を受けた思い出の場所であり、「100年先に残したいもの」としてご紹介したい場所の一つが「突哨山」なのです。
「突哨山の魅力を伝えるために、より詳しいお話が知りたい!」。そんな気持ちに、この山と関わりの深い3名の方が快く応えてくださいました。
「突哨山運営協議会」に所属し、「突哨山と身近な自然を考える会」という市民グループのメンバーでもある黒川 博義(くろかわ ひろよし・右)さん、出羽 寛(でわ ひろし・中)さんと、市からの委託を受け指定管理者として山の管理を担う「NPO法人 もりねっと北海道」の中村 直人(なかむら なおと・左)さんです。
厳しい自然が生み出す、美しい表情の数々
私がこの山を「100年先も残したい」と思う理由。その一つは、なんといっても胸を打つ豊かな景色の数々。四季が明確に分かれているからこそ楽しむことのできる、季節ごとの表情の美しさは圧巻です。
雪解けが進み、この季節を待ち望んでいた植物や動物たちが一斉に動きはじめる春。高いエネルギーに満ち溢れた目にも色鮮やかな花の群落が、遊歩道の両側に咲き乱れます。
木漏れ日がとても気持ちのよい夏を超えると、森が一丸となり長い冬に向けての準備開始。多くの木々が葉や実を落とす秋は、ガサガサと鳴る足音や目に入る色とりどりの紅葉が訪れる者を癒します。
氷点下を下回る日が続く厳しい冬は、どこを切り取っても幻想的。ピンと張り詰めた空気と時が止まったかのような静けさに、自然と心も洗われます。ほかの季節にはなかなかお目にかかれない動物の足跡が観察でき、日々の営みや生命力の強さが感じられるのも魅力です。
明治末期以降に親しまれた「身近な自然」
「この先も残したい」もう一つの理由は、山が今日まで大切に守られてきた背景にあります。約1万年も前から人が住んでいたとされている突哨山。西暦1100年頃から現代までは長くアイヌの方々の生活の場であり、明治末期以降には農場や林業、スキー遠足の場として、さまざまな形で市民に親しまれてきたそうです。
「家のすぐ裏手が山で、小さい頃は祖母から“山菜とってこい”と言われてよく行ってましたよ」と笑う黒川さんと、「僕も行ったことがあります。昆虫少年だったので」と出羽さん。当時の思い出話に花が咲きます。
※現在の突哨山はいくつかの民有地があり、その残りの土地の2/3を旭川市、1/3を比布町が所有し
ています。山菜採りや昆虫採集、車両の乗り入れ、ペット連れは禁止となっていますので、ご注意ください。
ゴルフ場開発問題から、市民参加型の運営へ
そんな市民に親しまれてきた山に、1990年「ゴルフ場開発計画」が持ち上がります。それに対し、「身近な自然を守ろう」と黒川さんや出羽さんらが中心となり市民団体を発足。署名活動や観察会などを通して、突哨山の価値を伝える活動を続けました。
「近隣には、突哨山の沢水を利用した牧場や我々のような農家がいる。開発で農薬などが使われ水が汚染するのは避けたい。それに、この山はカタクリの大群落をはじめ、いろいろな生き物が住む大事な場所。なくすわけにはいきませんでした」とお二人は力を込めます。長年にわたる地道な活動の結果、旭川市と隣町の比布町が自然環境保全を目的に土地を買い取り、市民が末長く自然を楽しむことのできる自然公園となったのです。
尊い自然を活用しながら残し続けるため、2008年から市民・指定管理者・行政の3者が参加する「突哨山運営協議会」で日々話し合いを重ねながら、山の管理・運営を行っています。
実際の管理を担う「もりねっと」では、環境調査や自然観察・林業体験・各種学校での体験授業を行うなど、地元の人々へ自然の大切さや魅力を伝える情報発信にも力を注いでいます。中村さんは、「将来を見据えた間伐などで少しずつ人の手を加えながら、この山が本来の植生を取り戻せるようにしたいんです」と語ってくれました。
山への愛着や強い想い、そして多くの苦労のおかげで現在も美しい自然に触れられているのだという事実を知り、「大切に語り継いでいきたい」と思わずにはいられません。
そのまま”の自然を末長く楽しめる山に
まもなく、この山は春の妖精たちに出合える季節。名だたる写真家や研究者が訪れてはその美しさを大絶賛したという、国内有数のカタクリやエゾエンゴサクの大群落。こちらは4月下旬〜5月上旬にピークを迎えます。「カタクリはもちろんですが、稜線だけではなく沢沿いの『谷渡りルート』なんかも変化があっておもしろいですよ」と出羽さん。つづけて中村さんは「あまり広くない森のなかを昔から100人以上の地権者がそれぞれの形で利用していたので、その様子の違いを感じられると楽しいと思います。大規模な開発ではない自然と人の関わりの歴史も、突哨山の魅力の一つなんです」と、山の楽しみ方を教えてくれました。
「“そのまま”の自然を守りたい」と願う人々の想いや努力の積み重ねによって、現在も美しい自然が保たれている突哨山。この先どのような変化を迎え、100年後にどのような山へと成長しているのか、山の景観を愛する者の一人として、心から楽しみです。
旅スポットはこちら
突哨山
北海道旭川市神居町雨粉380-3(NPO法人 もりねっと北海道)
0166-60-2420
※交通アクセスなど詳しくはホームページをご覧ください。「もりねっと」で検索
※スポットに関する情報は、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。
地域ナビゲーター
北海道支部 北海道ライター
山本 栞
北海道旭川市在住。ごはんと自然をこよなく愛し、「自分で自分を満たす」をテーマに心地よいと思える暮らし方や生き方を模索&実践中。ライティングで大切にしていることは、「正直さと率直さを失わず、読み手に伝わるように事業者さまの魅力を表現すること」です。