新潟県南魚沼市

南魚沼の日常と共にある“普段のお酒”

2021.08.01

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。
今回「100年先に残したいもの」ご紹介いただいたのは、新潟県南魚沼市でお米屋を営む塩沢米穀株式会社の髙野俊郎さんです。

江戸時代の風情を感じる街並み

歴史情緒あふれる建物が並ぶ、三国街道塩沢宿「牧之(ぼくし)通り」。新潟県南魚沼市の塩沢エリアにあるこちらは、江戸時代の宿場を再現した町並みに、雪国特有の雁木造りの建物が軒を連ね、ノスタルジックな雰囲気が漂っています。

”南魚沼公式ドリンク”!? 地元人に愛される日本酒

最上級のコシヒカリを全国へ届ける「塩沢米穀株式会社」のスタッフ・髙野俊郎さん(写真左)が「100年先まで残したい」と教えてくれたのは、ここ牧之通りで1717年から日本酒を造り続ける「青木酒造」。「日常にある“普段のお酒”として愛着がある」といいます 。

「ミネラルたっぷりの雪解け水で造る日本酒『鶴齢(かくれい)』は、市民にとってなじみの味です。近所のスーパーでいつでも買えて気軽に飲めるので、僕はこのお酒を“南魚沼市民公式ドリンク”と呼んでいます(笑)」
髙野さんは冗談まじりに紹介してくれましたが、青木酒造のお酒が市民に愛されていることは間違いなく、南魚沼市内で30%、新潟県内で70%が消費されているそう。酒どころ新潟で舌の肥えた人々に支持されているのは、“本当においしい”という証に他なりません。
長い歴史を日本酒ファンと共に歩んできた老舗酒造は、なぜ地元の人々に愛され続けているのでしょうか? そこに潜む理由を探るため、蔵元を訪ねました。

変化を続けてきたからこそ迎えられた創業300周年

今回お話を伺ったのは、青木酒造の常務取締役・阿部勉さん。高校時代のアルバイトから青木酒造に勤め、現在は12代目蔵元と共に、切磋琢磨しています。2017年には記念すべき300周年の節目にも立ち会いました。
「300年という途方もなく永い時間は、歴代の社長や杜氏の奮闘があってこそ。それゆえに次世代へつなげていかなければと、相当のプレッシャーがあります」
江戸時代から続く長い歴史の中で、「青木酒造は常に変化し続けてきた」と阿部さん。代表銘柄「鶴齢(かくれい)」は、まさに変革を象徴するお酒だといいます。

新潟の酒の常識を変えた「淡麗旨口」

「新潟の地酒といえばスッキリとキレのある『淡麗辛口』をイメージしますよね。でも、新潟の県土は南北で300㎞以上もあります。さらに海沿いと山間部では気候がまったく違うので、“新潟の地酒”として一括りに特徴を決めるのは不自然だと思うんです。そこで雪国南魚沼にある昔からの郷土食に合う地酒として、醸したのが代表銘柄『鶴齢』です」

鶴齢の味わいは「淡麗旨口」。しっかりとした米由来の旨みをいかし、新潟淡麗らしいキレのある酒に仕上げています。
 
この旨みを重視したのは、豪雪地帯である南魚沼の気候風土が理由。雪に閉ざされる冬場は、保存食の漬物や干魚、狩猟でとるジビエが貴重な食糧で、これらは塩や砂糖を多めに使った味付けが主流。加えて力仕事で汗をかくために濃い味付けを好む人が多かったそう。こうした魚沼料理に合う地酒として、鶴齢は人々に受け入れられたのです。

すべては“良いお酒”のため。変化を恐れず進化し続ける

現在、鶴齢のラインナップは約10種類。酒米の種類や精米歩合を変えて、味わいの違いを楽しめる日本酒を展開するのが青木酒造流です。
 
「最近は品質の高い酒米が多いので、色々試してみようと思ったんです。。『越淡麗』『山田錦』『五百万石』、希少米の『雄町』『愛山』も使っています。地産地消の価値も非常に大事だと思いますが、一つのエリアで酒米を確保することは気候変動によるリスクが大きいので、他県の酒米もうまく使ってリスク分散する方法をとっています」

伝統と向き合いながらも、新しいチャレンジに果敢に挑む青木酒造。挑戦を続ける老舗酒蔵を、地元のお客さんはどのように見つめていたのでしょうか。
 
「まったく新しいコンセプトの『鶴齢』を初めて世に出した時は、否定的な意見もあったようです。そのほとんどが『新潟らしくない』という理由。ですが、私たちはひたすらに『良い酒を造る』の信念で造り続けています。300年続けていれば細かいスパンでの変化は当然あって、ときには時代に合わせてガラリと変える勇気も必要。長年続けてこられた理由はここにあるのだと思います」

より美味しいお酒を求めて、2017年に設置したのは400トンの雪を敷き詰めた雪室の貯蔵庫。省エネはさることながら、温度変化がほぼないために最高の状態をキープできるのだとか。雪国ならではの利点を生かしながら、品質向上を実現しています。

実直でありながら革新的。ユーモアも忘れない

青木酒造が人々に愛されるのは、お酒が美味しいからだけではありません。ユーモアあふれる遊び心もまた支持される理由のひとつとなっています。
 
例えば淡麗辛口銘柄の「雪男」。数十年も前から発売していた銘柄ですが、現在の12代目の蔵元になってからパッケージにキャラクターを施し、今では青木酒造の愛すべきシンボルとなっています。

雪男のモデルとなったのは、ここ塩沢地区で生まれ育った江戸時代の商人・随筆家の鈴木牧之によるベストセラー「北越雪譜」に登場する異獣。山中に現れて旅人におにぎりをもらったお礼にと、荷物を担いで道案内をする心優しい山の精霊は、長い時を超えて、現在も人々に笑顔をもたらしています。

お酒という枠を飛び越えて、ステッカー、ピンバッジ、Tシャツなど雪男グッズも展開中。今や日本酒好きでなくとも、地元民にとって雪男は身近な存在になっています。
 
「地元スポーツ少年団のスキー大会に協賛することで子供たちが『雪男ゼッケン』を付けてくれたり、ドライブ好きのお客さんが『雪男ステッカー』を車に貼ってくれたり、雪男の活躍の場はどんどん広がっています。最近では『雪男LINEスタンプ』の販売も始めました。青木酒造の開発会議では、雪男PRに関するアイディアがどんどん出るんですよ」
 
ちなみに「雪男」の売上金の一部は、山岳避難救助隊に寄付しているとのこと。雪男のモデルとなった異獣が旅人を助けたように、現代の人々も救っているとはなんとも素敵な話ですよね。

さらに青木酒造のユニークな取り組みとして注目したいのが、創業400年に向けて毎年発表する「Years Bottle」。漫画家やアーティストにラベル用の画を依頼し、年1回リリースするスペシャルな企画です。2021年は日本を代表するクリエイティブディレクター佐藤可士和氏によるデザインのボトルが登場。日本酒らしからぬ鮮やかでスタイリッシュなデザインが目を引きます。
 
創業300年余の老舗酒蔵というと、伝統を重んじる厳格なイメージを思い浮かべますが、青木酒造には時代を見極めて軽やかに変化する潔さがあります。その根底を貫くのは「良い酒をつくること、そしてお酒で出会った人々とのご縁を大切にすることですね」と阿部さん。
 
長年愛され続けるには理由がある――実直なお酒造りへの姿勢とユーモアあふれる企業精神で、きっと100年後も200年後も進化を続けていくことでしょう。

施設情報はこちら

青木酒造
新潟県南魚沼市塩沢1214
025‐782‐0012
10:00~16:00
水曜休業

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

渡辺 まりこ

中部支部 地域密着フォトライター
渡辺 まりこ

秋田県出身、岩手県で大学生活を送り、現在は新潟県三条市在住。主人が“金物 のまち”を代表する職業の包丁職人ということから、地場産品に興味が芽生え、 ローカルのおもしろさを日々発信中。フリーライターとして活動しながら発酵教室も主宰しています。