山梨県富士河口湖町
バイオリン製作を通して大府市を音楽のまちに
2021.09.27
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介。今回は、愛知県大府市にある鈴木バイオリン製造の、取締役・小野田祐真さんが想う、「100年先へとつなげたいもの」をお伝えします。
明治20年創業した鈴木バイオリン製造の新社屋へ
愛知県西部に位置する大府市には、明治20年創業の鈴木バイオリン製造株式会社(以下、鈴木バイオリン)の本社・工房があります。国内バイオリン製造のパイオニアとして130年以上続く鈴木ブランドは、バイオリンを習う子どもたちが1度は手に取ったことのある弦楽器。今回、取材のために本社・工房を訪れると、まるで童話の中に出てきそうな、美しい曲線の屋根と木の温もりを感じられる建物、丁寧に手入れされた樹々が出迎えてくれました。
100年先に残したいもの。このまちを音楽のまちに
大府市にバイオリンをもっと根付かせ、音楽のまちにしていきたい。そんな願いを込めて、このまちの「100年先へとつなげたいもの」に、「音楽があふれるまちづくり」と語るのが、鈴木バイオリンの取締役の小野田祐真(おのだ・ゆうま)さんです。
実は鈴木バイオリンの本社は2021年1月まで名古屋市内にありました。時代の波とともに需要が減っていく中、会社の再起をかけて、大府市に移転したのです。「大府市は弊社の創業者が晩年をすごした場所でもあり、過去にバイオリン製造の最盛期を支えた地です。今でも、鈴木ブラントが愛される土壌が残っており、大府市なら、地域と一体になった事業が展開できるのではと考えました」。そう語る小野田さんご自身も、3歳から鈴木バイオリンを愛用するアマチュアのバイオリン奏者です。なぜ、この地でバイオリンを広めたいのか。鈴木バイオリンが思い描く「音楽のまち」とは。歩みと想いを取材しました。
最盛期には毎日500本のバイオリンを製造する
鈴木バイオリンの歴史は、創業者の鈴木政吉が、日本に持ち込まれた1本のバイオリンをモデルに国内初のバイオリンを作ったのがはじまりです。名古屋市で創業し、政吉は「日本のバイオリン王」と呼ばれるまでになり、最盛期には従業員が1000名を越え、毎日500本のバイオリンが量産され、 輸出のみで年間に10万本のバイオリンを製造する世界的弦楽器メーカーに成長しました。
政吉は、分業制によるバイオリンの製造に成功した一方、高級手作りバイオリンを作ることに没頭します。1900(明治23)年にはバイオリン製作の本場ヨーロッパで開かれた「パリ万博」にて、鈴木バイオリンが銅賞を受賞。国際的な評価を得るまでに。たった1人の日本人の挑戦が、世界の分厚い壁を乗り越えたなんて、想像もつかないほどの修練の日々だったのではないでしょうか。
20世紀最高の物理学者、アインシュタイン博士も絶賛
政吉は実際に、バイオリン製造の研究のため、ドイツの製作大家を何度も訪ね、製造技術に磨きをかけました。その研さんの果てに作り上げた一本は、イタリアの弦楽器製作者一族として有名なアントニオ・ストラディバリが名器を生み出した産地クレモナで、「巨匠の遺作に匹敵する絶品」と評価を受けるまでになったのです。
なんと、かの有名なアルバート・アインシュタイン博士も、鈴木バイオリンを絶賛した一人。「このような音色は、200年前のイタリアの巨匠の手に成ったものでなければ、世界のどこにも求めることはできない。それを日本で、名器と同じ音色を出すものが作り出されるとは驚きである」と評価。政吉へ直筆の手紙もしたため、その中で、「自分が愛用しているバイオリンと弾き比べをしたところ、その場にいた皆が貴社のバイオリンの方が優秀だと判断した」と驚きをつづっています。
この手紙(写真上/左が手紙、右が封筒)は今でも鈴木バイオリンの公式サイト「鈴木政吉物語」から見ることができ、古い用紙の上に丁寧につづられた文字が、本当にあった博士と鈴木バイオリンの親交を物語ってくれるようです。
2代目の鈴木梅雄氏が夢を描いた場所でふたたび
偉業を重ねてきた鈴木バイオリン。過去、大府市と深いつながりがありました。大府市は創業者の政吉が晩年過ごした場所であり、2代目の鈴木梅雄が分工場を構え、バイオリンの大量生産を確立させた土地でした。
梅雄が大府に思い描いていたのは、ドイツで見た「楽器生産の村・Markneukirchen(マルクノイキルヒェン)」。ドイツのようにまちと一体となったバイオリンの里を大府市に再現しようと考えます。しかし、戦争による経済統制で楽器製造はままならなくなり、1944(昭和19)年に大府の分工場は閉じられ、バイオリンの里をつくる夢は幻となったのです。
音楽のまち大府市の礎を今、ここから
一度は幻になった梅雄の描いた夢でしたが、100年の時を経て、2021年、ふたたび動きはじめます。その序章は、鈴木バイオリンの本社・工房を名古屋市から大府市へ移転するプロジェクトです。きっかけは、大府市が前の年に開いた記念コンサートでした。創業者・政吉の功績を伝え、同社が製造するバイオリンの音色をホールいっぱいに響かせた演奏会は、大盛況のうちに幕を閉じます。
この体験で、この地に鈴木ブランドが愛される土壌があることを、メーカーとして実感。地域に受け入れられ、その中で製品を生み出していくことの大切さに気づいたのです。「地域とのつながりを大切にしながら、会社を再起させるために今までやったことがないことに取り組みたい」。小野田さんをはじめ、社員の強い想いから、大府市で再スタートすることに舵を切りました。
「100年前、梅雄が夢見たドイツの街のように、大府市に音楽があふれるまちづくりをしたい。現代に生きる私たちが、過去に埋もれた想いを叶えていかなければいけないと考えています」と小野田さんは語ります。その取り組みの1つとして、これまで別の場所にあったスズキ・メソード(世界中で約40万人以上が学ぶ、創業者政吉の三男 鈴木鎮一が創始した“音楽を通じて心豊かな人間を育てること”を目的とした教育法)のバイオリン教室を、本社工房の中に開講しました。地域の子どもたちや大人の方が、鈴木バイオリンの楽器を手に、この場所へ通っています。
コンサートや様々な関連イベントを開くなど、バイオリンを通して、もっと音楽に親しむ人がこのまちに増えていくことで、100年先はきっと、大府市が“音楽のまち”と謳われ、伝統と美しい音色にあふれた魅力ある地域になっていることでしょう。
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施設名
鈴木バイオリン製造
住所
愛知県大府市桃山町2丁目23-1
電話番号
0562-57-5245
営業時間
9:00 〜 18:00
定休日
土曜・日曜・祝祭日・ 年末年始など
地域ナビゲーター
中部地方 地域ナビゲーター
小澤 志穂
愛知県豊橋市生まれ・在住。趣味の旅行をきっかけにライターとして東海地域のおもしろさを発信しています。ガイドブックには載っていない、ローカルなグルメや絶景スポットを訪れるたびに「また行きたい」とその町の良さを再発見します。そんな地域の魅力をお伝えしていきたいです。