山梨県富士河口湖町
蔵からの香りで小豆島を実感する、醤の郷
2022.01.13
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。今回スポットをご紹介いただいたのは、株式会社アグリオリーブ小豆島・平岩展之さんです。
醤油蔵や工場が集積する「醤の郷」
日本人の心であり、和食に欠かせない調味料「醤油(しょうゆ)」。その3大名産地のひとつが、ここ香川県にあるのをご存知でしょうか?
今回やってきたのは香川県最大の島・小豆島。島の南東部に位置する小豆島町には、安田地区から古江までの十数件の醤油蔵や佃煮工場が集中している「醤の郷(ひしおのさと)」と呼ばれる地域があります。「醤(ひしお)」とは、食品を塩と麹(こうじ)で発酵させた調味料または塩蔵品のことで、味噌や醤油などの原型といわれています。
小豆島が感じられる醤油の香り
100年先に残したいスポットとして「醤の郷」を紹介してくれたのは、株式会社アグリオリーブ小豆島の平岩展之(ひらいわのぶゆき)さん。株式会社アグリオリーブ小豆島は、島でオリーブ栽培を20年以上行っており、小豆島町の馬木(うまき)地区でオリーブオイルやオリーブを使用したコスメティック商品を開発・生産しています。
江戸時代から400年を超える歴史を誇り、最盛期にはおよそ400軒もの醤油屋があったという小豆島。「醤の郷は昔ながらの醤油作りが盛んな地域で、醤油蔵が並ぶ景色は圧巻。辺りに漂う醤油の匂いを嗅ぐと、小豆島にいることを感じるんです」とのこと。では実際に、島の醤油作りに触れる旅に出かけてみましょう。
案内人は小豆島観光協会・事務局長の塩出さん
案内してくれたのは、一般社団法人小豆島観光協会の事務局長・塩出慎吾(しおでしんご)さん。広島出身の塩出さんは、2016年に初めて小豆島を訪れたことをきっかけに、島の魅力に惹かれてご家族での移住を決めたといいます。
「醤の郷は、小豆島の伝統産業を感じられる苗羽(のうま)地区と馬木地区からなるエリアです。今日はそれぞれの魅力を持った醤油蔵を巡ってみましょう」。
歴史と島時間が感じられる「馬木散策路」
まず最初にやってきたのは馬木地区。赤穂から移り住んだ塩職人たちによって形成され、その歴史の中で塩作りから醤油作りへと発展し、過去に数多の醤油醸造所が並んでいた地域です。
馬木地区にある「馬木散策路」では、風情を感じられる町並みをのんびりと散策することができます。3軒の醤油屋が近代化産業遺産に認定されているこの地域では、古いもので築約130年にもなるもろみ蔵も見学することができます。
小豆島町で最も歴史ある醤油屋「ヤマサン醤油」
1846年(弘化3年)創業の「ヤマサン醤油」は、敷地内にある醤油蔵や醤油醸造工場、塩田家住宅が近代化産業遺産として認定されている、小豆島町で一番古いお醤油屋さん。ヤマサン醤油株式会社の代表取締役・塩田洋介(しおたようすけ)さんによる案内で、明治末期から昭和初期に建てられ、現在は倉庫や事務所になっているもろみ蔵、麹部屋、醤油蔵などの見学(要予約)が可能です。
「私たちは170余年もの間、伝統的な醸造技術でまろやかでコクのある醤油を作ってきました。醤の郷では、先代から受け継がれた技術や伝統をいかに守っていくかが大きな課題です。訪れる方には、醤の郷を通して小豆島の醤油作りについて広く理解していただけたらと願っています」。
ヤマサン醤油併設のお食事処「気まぐれ麹部屋」は、昔の麹部屋と納屋を改築して建てられたもの。馬木散策路の入り口ともなっているこの場所では、醤の郷に来たら一度は食してほしいあのグルメが待ちかねています。
醤の郷の新名物「ひしお丼」
こちらでいただけるのが、ハマチを漬けた「ひしお丼」(もろみはお好みで)。ひしお丼とは、醤の郷で作られた醤油やもろみ、魚介・野菜・オリーブなどの地元の食材を使用した丼に、箸休めに佃煮かオリーブを添えるという条件のもと、各店舗それぞれがオリジナルメニューを考案・提供している小豆島の名物です。
ヤマサン醤油のひしお丼は、人気商品である「再仕込み醤油」を焦がした醤油ごはんが大人気のどんぶりです。再仕込み醤油とは、一番搾りの生醤油を桶に戻し、そこに再び大豆と小麦で作った麹を仕込んで作る醤油のこと。三年という通常の二倍の歳月をかけて作られるコクのある風味と香ばしさに、食欲がグッとそそられます。(ひしお丼・要予約)
デザートの「もろみアイスクリーム」や、販売スペースに並ぶヤマサン醤油自慢の醤油製品、佃煮、オリーブオイル、ひしお丼に使用されている醤油やもろみが並びます。
素敵なお土産に出合えたら、次は醤油作りについて深く知れる場所に行ってみましょう。
「マルキン醤油記念館」で醤油作りの歴史を学ぶ
苗羽地区にある1907年(明治40年)創業のマルキン醤油株式会社は、小豆島で最も大きな醤油工場。併設される「マルキン醤油記念館」は、マルキン醤油の創業80年を記念して、もろみを搾り出す圧搾工場を生まれ変わらせたことで知られる施設です。記念館は大正初期に建てられ、1996年に国の登録有形文化財に登録された、国内でも最大級クラスの合掌造りの建築物という面でも大変貴重な存在です。
館内には、醤油作りの歴史、製造工程や、昔の貴重な道具などが多く展示されています。30石(約5.4キロリットル)ものもろみや醤油を入れるための桶「大桶(おおこが)」の想像以上の大きさや、100年の歴史が刻まれた製造道具の味わいには、思わず目が釘付けになるほど。
記念館のすぐ隣に、現在稼働している「もろみ搾り工場」があり、もろみの圧搾工程が自由に見学可能となっています。
記念館ともろみ搾り工場に続いてセットで訪れたいのが、隣接するこちらの物産館。特徴的な佇まいで目を引くこの建物には、醤の郷を代表する名物スイーツがあります。
小豆島名物!「しょうゆソフトクリーム」
ここで是非味わってほしいのが、マルキン醤油記念館の「しょうゆソフトクリーム」。100年以上の歴史を持つ木桶仕込みの天然醸造蔵で作られた醤油を使用しており、ひとくち口に入れると、醤油の塩味・香ばしさとソフトクリームの甘さが絶妙に広がります。甘じょっぱい味わいがクセになると、観光客はもちろん、地元の方にも広く愛されています。
館内には、物産館限定の醤油や小豆島の特産品などが取り揃えられています。醤油作りの歴史についてしっかり学んだ上でお気に入りの商品を選んでみるのも楽しいですね。
魂を込めた木桶仕込みの醤油屋「ヤマロク醤油」
最後にやってきたのが、醤の郷の奥座敷「ヤマロク醤油」。小豆島や全国区を飛び越え、海外にも届くほどの熱い思いを持って醤油作りをしていることでも有名で、年間に訪れるお客さん約7,000人のほぼ半分が欧米からだとか。こちらでは、そんな多くの人を魅了してやまない秘密が詰まったもろみ蔵を見学することができます。
84本の木桶が天然もろみ蔵の中でただ静かに佇む様子は、圧巻の一言。ヤマロク醤油の醤油作りを支えてきたこの木桶の存在感と威厳にただただ圧倒されながら、伝統を守るとはどういうことなのかを肌で感じる瞬間です。
この木桶、なんと全国の醤油屋が使っている数の約4分の1が小豆島にあり、そのほとんどがこの醤の郷にあります。ヤマロク醤油では、醤油に少しでも興味を持ってほしいという思いから、この天然もろみ蔵の見学体験を行っています。
生きた蔵で昔ながらの醤油作り
ヤマロク醤油のような全量木桶仕込みでの作り方は、日本にあまり残っていないもの。醤油業界全体でいうと、木桶で作られた醤油は今では1%を切るほどになっています。
「これが醤油を作る乳酸菌や酵母菌です。木の桶をずっと使っていると、こうして桶、蔵の柱、梁や土壁に菌が住みついて、自然に醤油を発酵してくれるんです。木の容器で発酵させる熟成したワインと同じように、蔵や木桶によってそれぞれの特徴があるんです」と、ヤマロク醤油株式会社の五代目・山本康夫(やまもとやすお)さんは話します。
次の世代に本物の醤油を残し伝える「木桶職人復活プロジェクト」
山本さんは、現在醤油作りと共に「木桶職人復活プロジェクト」にも力を入れています。
プロジェクトは、醤油作りに使用する木桶を製造していた日本でたった1件の桶屋がなくなってしまうことを知り、本物の醤油や木桶による発酵文化そのものがなくなってしまうことを懸念した山本さんが呼びかけたことでスタート。実際に大阪の製桶所に弟子入りし技術を学んだ山本さんは、全国から集まる蔵元と共にこの島で新桶を毎年製作しています。
絶品醤油スイーツ「醤油プリン」
蔵見学の後に楽しみたいのが、ヤマロク醤油の軒先にある「やまろく茶屋」の数量限定の「醤油プリン」(土日祝のみ販売)。国産丸大豆を使用した再仕込み醤油「鶴醤(つるびしお)」が使用されたこちらの商品は、濃厚な醤油のまろやかさと香ばしい風味が楽しめるカフェメニュー。こちらも鶴醤を使用したトッピングの「丹波黒豆鶴煮」と、お好みでその煮汁をかけていただきます。
日本の伝統的調味料・醤油を後世へ
醤油の香りに包まれた小豆島の「醤の郷」巡り。こんなに身近な存在なのに、製造されている現場や作り手の方々の思いに触れることで、醤油について初めて知れたような気持ちになる旅でした。私たちが日々当たり前のように食している醤油の歴史は、遠い昔から大切に紡がれ守られてきただけでなく、今まさにその次の世代に向け伝えられようとしている。醤の郷には、そんな熱い思いが溢れていました。
スポット情報
ヤマサン醤油
香川県小豆郡小豆島町馬木甲142番地
0879-82-1014
マルキン醤油記念館
香川県小豆郡小豆島町苗羽甲1850
0879-82-0047
ヤマロク醤油
香川県小豆郡小豆島町安田甲1607
0879-82-0666
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地域ナビゲーター
中部支部 愛知県ライター
山田 芽実
香川県で生まれ育ち、米国・京都・東ティモールを経て現在は愛知県名古屋市在住。土地やそこに住む人たちの「すてき」をゆるっとズバッと発見中。絵を描いたり、デザインをしたり、写真を撮ったりしています。