山梨県富士河口湖町
人と魚、琵琶湖を守る「魚のゆりかご水田」
2022.02.27
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は滋賀県彦根市にある柴田ファームの代表・柴田明宏さんに、「魚のゆりかご水田」をおすすめいただきました。
琵琶湖と共存する、自然豊かな稲作のまち
母なる湖・琵琶湖に面し、地域で暮らす人たちの営みが感じられる滋賀県彦根市稲枝(いなえ)地区。今回訪れたのは、ちょうどお米の収穫時期。青空のもとで稲穂が輝き、夏の終わりと秋の訪れを感じさせてくれる心地よい季節でした。
伺った先は琵琶湖から約2kmの距離にある、田附(たづけ)町の柴田ファーム。最初は自分の田んぼだけで稲作を行う兼業農家でしたが、昭和50年ごろから近隣の田んぼを預かり、栽培していた初代・柴田幸弘さんと、その息子・明宏さんも農業の道へと進み、親子2代で米づくりに励んでいます。令和3年に代表を受け継いだ明宏さんに「100年先に残したいもの」を聞いたところ、地域のふれあいの場・教育の場、そして環境保全・自然保護の取り組みである「魚のゆりかご水田」と答えてくれました。
魚のゆりかご水田とは、昔の琵琶湖周辺で見られた自然環境や風景を復活させるため、田んぼに「魚道」を設置する取り組みです。環境に配慮した取り組みは全国各地にありますが、魚のゆりかご水田の場合、滋賀県全域に広がっています。平成30年度には、県内28地域、111haの田んぼが魚のゆりかご水田として認証されています。
「琵琶湖沿岸部の田んぼは、お米を育てるために琵琶湖の水を利用しています。産卵場所に悩む湖魚に田んぼを提供するやさしい取り組みです」と語る柴田さん。根底には琵琶湖の水を使って育てたお米を通して、琵琶湖に恩返しをするとの考え方があります。いわば、水資源の循環農業。少し時間を遡り、取り組みが始まったきっかけから、学んでみましょう。
琵琶湖と水田を魚が行き来する風景を取り戻したい
取材日は、コシヒカリの初収穫日。柴田幸弘さん(写真左)と明宏さん(写真右)が協力し、新米を刈り取る姿が印象的でした。作業の合間にお話を聞かせてもらったところ、昭和40年頃には、琵琶湖周辺の田んぼでは湖魚が田んぼと琵琶湖を自由に行き来し、産卵・生育していたといいます。田んぼは、魚のエサとなるプランクトンが多く、水温も高いことから、魚にとって最高の“子育て環境”でした。
しかしその後、土地改良が進み水路は土からコンクリートへ。湖魚が田んぼに遡上することが難しくなると同時に、琵琶湖にはブラックバスなどの外来種が増加しニゴロブナ(淡水魚)などの在来種は、さらに居場所がなくなってしまいました。
人の手で魚の子育てをサポート
平成18年、「もう一度琵琶湖と水田を魚が行き来する風景を取り戻そう」との思いから、正式に滋賀県主体で魚のゆりかご水田プロジェクトがスタートしました。人や生き物が安心して暮らせる環境をつくるため、農薬や化学肥料は通常の5割以下、魚に影響を及ぼす農薬や除草剤は使わないなどの厳しい基準が定められました。
同時に進められたのが、魚が遡上できる環境整備の取り組みです。田んぼは、琵琶湖よりも高い場所にあるため、そのままでは湖魚が田んぼに入ることができません。そこで柴田ファームでは、排水路の水位を階段状に田んぼの高さまで上げる「堰上式(せきあげしき)魚道」を設置しています。
春に魚道を設置した後は、きめ細やかに水の管理を行い、産卵の時期を待ちます。卵は、産卵から2、3日で孵化。生まれた稚魚は、豊富なプランクトンをエサに、どんどん大きく育っていきます。
しかし、田んぼは一年中水を溜めているわけではありません。米の根張りをよくするため、コンバインなどの機械作業をスムーズにするために水を抜く作業「中干し」を行います。稚魚の行方が気になるところですが、心配はご無用!水を抜く前に、稚魚が田んぼから排水路へ行けるように溝切りなどを行ったり、魚道の堰板(せきいた)を外し、琵琶湖に帰るように促すのです。湖魚がちゃんと成長できるよう、みんなで見守っているんですよ。
地域の人や子どもたちと一緒に見守る、湖魚の成長
明宏さんが魚のゆりかご水田に取り組む目的は、在来種の稚魚を守ることだけではありません。自然に触れる機会が少なくなりつつある子どもたちが、田んぼやお米に興味を持つきっかけづくりや、地域の人たちの交流の場としての存在も大きいといいます。
新しく魚のゆりかご水田を始める田んぼでは、まず稚魚を田んぼに放流することからスタートします。地域の小学校では、稚魚の放流イベントも行われているそう。さらに町内では生き物観察会や魚のつかみどり体験などたくさんの関わりしろがあります。取り組みが年々浸透している理由には、農家さんたちの努力があるんですね。
「人にも魚にも琵琶湖にもやさしい環境を」との思いから生まれた「魚のゆりかご水田米」を早速炊いてみました。まず、お米のつややかさにびっくり!環境への優しさが、このお米のつややかさを生み出したのかもしれません。柴田さんのお米への愛情を感じながら、一粒一粒を噛み締めながらいただくご飯は、とてもおいしかったです。
生命の営みを守るために求められる、継続的な取り組み
5月から6月にかけて、朝の早い時間や雨上がりには、ピョンピョンと跳ねて魚道を遡上するニゴロブナやナマズなどの湖魚と出会うことができます。水路に生み付けられた卵を見つけたかと思えば、数日後には、卵が全部割れていて、水路に小さな魚がたくさん動いている。そんな生命の営みの様子を見かけるたびに、柴田さんは魚のゆりかご水田が果たしている役割の重要性を実感するそうです。
その風景を守り続けるために求められているのは、継続的な取り組みです。1年休むと、翌年戻ってくる魚の数はかなり減るといわれています。「魚とは直接言葉を交わすことはできませんが、魚と人も信頼関係が大切です」と語る明宏さんの眼差しに、魚にとって安心できる場所を提供し続けることの大切さと大変さを感じました。
次世代の子どもたちに美しい自然を残したい
環境への配慮とお米としてのおいしさを両立しながら、代々、地域で受け継がれてきた水田を守り続ける柴田さん。その行動は、次世代に美しい自然環境を手渡すことにつながっています。「稚魚を放流した子どもたちが、将来、自分も地元で農業をやってみたいと思ってくれると嬉しいです。そのためにも、まず僕たちの世代が熱意を持ち、持続可能な仕事のスタイルを作ることを目指しています」と熱く語ってくれました。
柴田ファームの取り組みは、地域や琵琶湖だけでなく、子どもたちの未来をも明るく照らしています。
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施設名
柴田ファーム
住所
滋賀県彦根市田附町1188
電話番号
0749-43-2011
営業時間
9:00~17:00
休業日
不定休
URL
https://www.shibata-farm.jp/
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。
地域ナビゲーター
近畿支部 地域ナビゲーター
松岡 人代
滋賀県甲賀市在住。高知県・四万十農協広報勤務を経て、滋賀県へUターンしたフリーランスのライター。猫と旅とおいしいものが好き!その土地で暮らす人々の生活や魅力をそっと切り取り、地元民ならではの視点でご紹介します。