山梨県富士河口湖町
スキンケアに欠かせない、熱海土産の椿油
2022.01.23
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。今回ご登場いただくのは、静岡県熱海市で蒲鉾工房を経営する株式会社山田屋水産の福島瞳(ふくしまひとみ)社長です。
熱海の手作り蒲鉾工房「山田屋水産」社長の愛用品
静岡県熱海市は天然温泉が豊富に湧き出る日本屈指の温泉街。古くから観光地として賑わってきましたが、最近は若者にも人気のまちです。その熱海市で3代続く老舗の蒲鉾(かまぼこ)工房が山田屋水産。最高品質のすり身をベースに、余計なものは入れずシンプルなおいしさを追及。「特徴がなく埋もれがちな練り物のイメージを変えたい」と、味はもちろんのこと、見た目も楽しめることを念頭に商品づくりに取り組んでいます。
山田屋水産の取締役・福島瞳(ふくしまひとみ)さんに熱海市の「100年先にも残したいもの」を伺ったところ「『サトウ椿』で購入する椿油です。長年愛用していて手放せない存在!なくなったら困ります」と教えてくれました。福島社長は保湿用の椿油をお肌に使用しているそうですが、どうやら化粧品としての用途以外にもいろいろな使い道のある魅惑の油なんだとか。ワクワクしてきますね!
漁師から椿油販売への転換、サトウ椿のはじまり
さっそくサトウ椿株式会社を訪ね、代表取締役の佐藤秀幸(さとう ひでゆき)さんに詳しくお話を伺いました。サトウ椿はおよそ100年前、大正8年に秀幸さんの祖父・成二(じんじ)さんが熱海市で創業しました。
成二さんは、銀行創業家の三男として熱海で生まれましたが、生後数カ月で静岡県浜松市で漁師を営む親戚の家の養子に。その後、漁師を継ぎ、浜松市から伊豆諸島へ船を出し遠洋漁業を行っていた際に、伊豆大島をはじめとする伊豆諸島で、椿の種から搾る椿油の生産が盛んに行われていることを知ります。
大正初期、椿油は赤ちゃんからお年寄りまで幅広く使える保湿化粧品として愛用されていました。当時の椿油といえば、「あんこ椿」(椿の実の採取や椿油の製造販売に関わる女性)が伊豆大島から本土に売りに来る時にしか買うことができない貴重なもの。
「一家の買い物を担っている女性が、こぞって欲しがるのが椿油。だけど、欲しい時にいつでも買えるわけではない。ここに祖父は商機を見出したのでしょう」と秀幸さんが言うように、観光客が多く訪れる熱海で椿油を常時買えるようにしようと考えた成二さんは、浜松での漁師を辞め、「熱海銀座商店街」の一角に店を構えて伊豆諸島から仕入れた椿油の小売りを始めたのです。
熱海大火による社屋焼失から椿油販売再開
成二さんの読み通り、椿油は熱海を訪れる観光客に飛ぶように売れました。椿油の製造も手掛けようとした成二さんは、旅館の跡地だった現在の場所に店舗を移転。製造工場を併設した椿油の販売を行いつつ、観光客に人気があるさまざまな商品を取り揃えて総合的な土産物店へと発展させていきました。順調に商売を続けていたサトウ椿でしたが、昭和25年、熱海大火とよばれる大規模火災によって社屋が全焼してしまったのです。
その後、新社屋を竣工して土産物店を再開しますが、化粧品の多様化にともない、椿油の需要も少しずつ減っていきました。観光客がたくさん訪れ、土産物が十分に売れていた一時期は、椿油をまったく取り扱っていなかったそうです。しかし秀幸さんが店を継いだあと、バブルが崩壊し、人々の価値観も変わって、従来の土産物販売だけでは経営が厳しくなりました。あらためて今後の在り方を考えたとき「この店のルーツは椿油屋なんだ」という想いに立ち返り、秀幸さんは椿油の販売を再開しました。
熱に強く熱伝導率も高い、食感が軽い油
原料である種の調達が困難なこともあり、サトウ椿では椿油の製造は難しかったそうですが、伊豆諸島、九州、海外から良質な椿油を選んで仕入れ販売を行っています。椿の実の中にある種を圧搾してとれる椿油は不乾性油に分類され、乾きにくい(蒸発しにくい)特性があります。これは椿油の主成分であるオレイン酸の性質によるもので、肌に塗ると長時間しっとりしていることから、頭髪や肌の保湿に適した油として重宝されてきました。また、脂肪酸の構成比がオリーブオイルとよく似ていることから、「東洋のオリーブオイル」とも呼ばれています。
椿油は化粧品だけではなく食用にも適しています。乾きにくいとは熱に強いことを意味し、また熱伝導率も高いため炒め物をすれば短時間で食材に火が入り、パリッと仕上がるのだとか。サトウ椿で販売する食用椿油のキャッチコピーは「うまさヘビー級 かるさフライ級」。椿油で揚げた天ぷらは食感が軽く胃もたれしにくいことから、高級ホテル内の天ぷら専門店などで使われ、食通をうならせています。
乾きにくく熱に強い特性を持つ椿油ですが、食用として使われていることから、子どもが口にする可能性のあるおもちゃや歯科材料を作る原料として、安全性にこだわりのある製造者からの引き合いが多いそうです。「こちらの想像が及びもしないほど、使い手のアイディアによって可能性が無限にある油だといえますね。とてもおもしろいです。椿油の良さも可能性もまだまだあるはず。より多くの人に認めてもらい、普遍的に使われていくことを願っています」と秀幸さんは語ってくれました。
サトウ椿と見てきた熱海の変容とこれから
昭和40年代の高度成長期、当時小学生だった秀幸さんは夜中に目を覚まし、建物の3階にある住居から階下に降りて、両親が働く土産物店をのぞくということが何度かありました。「夜遅くまで観光客の下駄のカランコロンという音が鳴り響き、店内は土産物を求める人々であふれかえっていました。それは、いつ見ても同じ光景。子ども心に、深夜まで働く両親の大変さを感じ取りました」と振り返ります。
昭和60年代に人工海水浴場ができてからは、より一層の賑わいをみせた熱海ですが、バブル崩壊後は旅館やホテルが相次いで倒産。リゾートマンションも建築をストップし、観光客は激減しました。現在のビルが竣工した昭和33年に産まれ、観光地・熱海と共に成長し、いい時も悪い時も見てきた秀幸さん。「サトウ椿のビルの中にはアパレル、飲食店、シェアオフィスなどジャンルの異なるテナントが入っていますし、熱海銀座商店街にも新旧さまざまなお店があります。町内会や商店会の活動を通して、活きのいい若手を育てながら地域の発展を見守っていきたい」と今後の展望を語ります。
福島社長は「私にとって椿油は20年以上の愛用品。100年先だと途方もなく感じますが、これからもずっと使い続けていきたい」とやさしい笑顔で教えてくれました。
施設情報はこちら
施設名
サトウ椿株式会社
住所
静岡県熱海市銀座町6-6
電話番号
0557-81-2575
営業時間
9:00~19:00
休業日
無休
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。
地域ナビゲーター
静岡支部 地域ナビゲーター
山口 敦子
静岡県静岡市在住。好きなことは自然散策、間取り図を眺めること。現在は、「いちぼし堂」でリモートワーク(月に数回出社)実践中。子どもの頃夢中になった宝探しのような視点で、取材先の隠れた魅力を発掘して伝えていきます。