山梨県富士河口湖町
“オンリーワン”のものづくり
2022.03.22
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。今回は京都市東山区で帆布かばんの会社「一澤信三郎帆布」を営む一澤信三郎さんからお話を伺いました。
創業115年以上経った今も、お店は京都東山のひとつのみ
清水寺、高台寺、三十三間堂、知恩院など、京都の人気観光地を抱える東山区。ここ東山区で知恩院前のバス停を降りて北に徒歩1分のあたりに、帆布かばんの製造を行うお店「一澤信三郎帆布」があります。
一澤信三郎帆布は、京都東山の地で明治38年に創業した、帆布かばんのお店です。ちなみに店舗は創業115年を超えた今でも、京都東山の一店舗のみ。「京都でつくって京都で売ること」をモットーに、お客様の声を直接聞いて、使い手の声に応える姿勢を守り抜いています。
時代に遅れ続け、穏やかな世の中をつくる
今回の、100年先に残したもの。それは、創業115年を超えるブランドの4代目を担う一澤信三郎(しんざぶろう)社長が時代を越えて引き継ぐ、「一澤信三郎帆布のものづくりの精神」です。店舗へ伺い、その思いを訊きました。
ブランドの始まりは、一台の西洋ミシンから
明治38年創業、一澤信三郎帆布の物語は、好奇心旺盛だった初代・一澤喜兵衛(きへえ)さんが買ってきた一台の西洋ミシンから始まりました。新しいもの好きだった初代は、当時めずらしかったクリーニング店を営む傍ら、ミシンで簡単なシャツなどを縫い始めました。
ミシンを使って本格的に帆布のかばんを作り始めたのは、2代目・常次郎さん。大工や左官屋さんが使う道具袋は、丈夫で長持ちするといって、京都の町ではたらく職人たちから高い支持を集めました。戦中戦後の時代を生き抜いた3代目の信夫さんは、帆布製の登山用のザックを販売して、一澤帆布のブランドは全国区の存在へと轟かせました。まだ化学繊維の製品がなかった頃、世界中の名山で「一澤帆布製」とタグのついたかばんが旅のお供をしたそうです。
経営を受け継いだ4代目の信三郎社長は、帆布にさまざまな色を染色したり、プリントを施したり、綿帆布以外にも麻帆布のかばんを作ってみたりと、新しい技術を取り入れて、老舗ブランドの商品に多様性を育みました。そして、どの時代においても自社の工房で職人が手仕事を続け、東山のお店でお客様を迎える姿勢を貫いています。
一澤信三郎帆布の、ものづくりの精神がわかる経営理念は、”おもろいことをやろう”。その精神が店舗の細部に宿っています。例えば、かばん型の引き手や看板、入り口の暖簾(のれん)など、いずれも”あそび心”が散りばめられていました。
「おもろさ」を活かす心は、工房のなかにも根付いています。一澤信三郎帆布では、企業の周年記念、学会、法要などの記念品として誂え(あつらえ)の注文にも積極的に対応。信三郎社長いわく「工場のラインみたいに、ずーっと同じもんばっかり作ってても、おもろないでしょう?」とのこと。毎日少しずつ変化があって、試行錯誤できる環境だからこそ、ものづくりのアイデアが育まれ、競い合う必要のない”オリジナルの魅力”へ繋がっているのだと感じました。
時代に遅れ続けたら、そのうち先頭になれる
工房のなかで存在感を放っていたこちらの丸太。これらは、かばんづくりを進める時の土台として使用される広葉樹の丸太です。分厚い帆布はミシンで縫製する前に、あらかじめ木槌(きづち)で叩いて折り目をつける一手間を要するため、職人たちは一人一台、丸太の土台の上で作業を続けます。そんな丸太の土台ですが、木槌でトントンと叩いているうちに同じ場所が凹んでくるもの。凹んだならば、また直して使うのが一澤流。木工家へ依頼して、埋め木で修理してもらうそうです。そのため、土台の断面にはモザイク状の模様が表れていました。
あえて「時代に遅れ続けること」を経営理念に掲げるブランドの工房には、手間暇を惜しまず、物を粗末にせず。そんな精神が宿っていました。
この布は、職人さんの手元にある端切れです。一つのかばんを縫い終わって、次のかばんを縫い始めるとき、毎回糸を切断せずに”つなぎ”になる生地を挟んで次のかばんを縫い進めることで、縫い始めにたくさんの糸を出す作業が不要となり、糸のロスを削減できるそう。効率を求めることだけでなく、物を大事に扱う仕事を尊重しているのです。
信三郎社長は「もっと多く、もっと速くと急ぐ世の中で、徹底的に遅れたらそのうち一周回って先頭になれるんとちがう?」と笑いながら語ります。効率だけで計れない手仕事の価値に共感して、20代から70代まで色んな経歴の職人・スタッフが一澤ブランドのものづくりに携わっているそうです。
ものづくりを通じて残したい穏やかな未来
丈夫で丁寧に作られた一澤信三郎帆布のかばん。工房には修繕依頼のかばんが数多く送られてきます。なかには「家族が生前ずっと使っていた愛用品だから直して使いたい」といった年季もののご依頼もあるほど。「お客様がかばんと共に過ごした思い出の一点物だからこそ、もっとも注意を払う」という修繕作業は、専門の職人がお客様の要望を聞きながら対応しているのだそうです。
おもろいことにまっしぐら、あえて時代に遅れようとも手間暇を掛け、使い続けられるものをつくる。その姿勢の裏にある思いを、信三郎社長は語ります。「戦争のない、平和で穏やかな世の中であってほしい。自分のものづくりでも、競わず争わず、人と違うことをすることを大切にしたい」。信三郎社長にとって、100年先に残したい本当のもの。それは、平和な世界。競わない先にある、一澤のオンリーワンのものづくりは、ものを生み出す大切な心構えに支えられ、これからもずっと多くのファンに愛されていくことでしょう。
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施設名
株式会社一澤信三郎帆布
住所
〒605-0017
京都市東山区東大路通古門前上ル高畑町602
営業時間
午前10時〜午後6時
火曜定休(季節により無休)
電話番号
075-541-0436
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地域ナビゲーター
近畿支部 地域ナビゲーター
老籾 千央
京都府最北端のまち・京丹後市出身、在住。森と林業について学び、京阪神エリアではたらいた後、10年振りにふるさとへUターン。現在は有機農家として稲作、お米をつかったお菓子を販売する傍ら、ライターや編集者として京丹後の暮らしについて発信しています。