山梨県富士河口湖町
因島の文化が生んだお好み焼き「いんおこ」
2022.03.18
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」を紹介するコーナー。今回「100年先に残したいもの」をご紹介いただいたのは、広島県尾道市因島でベルトなどの革製品づくりに携わる「ヤング産業」の松浦伸吾(まつうら しんご)さんです。
古くから船と関わりの深い造船の島・因島
広島県尾道市から愛媛県今治市までの島々を結ぶ、通称「しまなみ海道」。尾道市に属し、しまなみ海道を構成している島のひとつが因島(いんのしま)です。因島は、瀬戸内海のほぼ中央に位置する、降雨量の少ない温暖な気候の土地。「造船の島」として知られ、江戸時代に廻船業で発展したといわれています。古くから船と関わりが強かった地域のため、明治時代以降はここで多くの造船会社が創業し、今でも島の産業を支えています。
地元のお好み焼き「いんおこ」を次世代に繋ぐ
因島で革製品づくりに励む「ヤング産業」の松浦伸吾さんは、生まれも育ちも因島。広島県民らしくお好み焼きが大好きで、会社でも月に何回かは皆でお好み焼きのデリバリーを頼むほどです。
「因島のお好み焼きは『いんおこ』という愛称で親しまれ、ほかと違った特徴があります。1番の特徴は、広島で定番の“そば入り”でなく“うどん入り”がスタンダードなこと。因島で働く造船マンのお腹を満たし、腹持ちよくするためにうどん入りになったのではと言われています。そんな因島らしいお好み焼きを、100年先にも残したいですね」と話してくれました。
合併をきっかけに芽生えた「島の文化を守りたい」という願い
いんおこのルーツを探るために向かったのは、この愛称を定着させた島の造船会社「三和ドック」。社長の寺西秀太(てらにし しゅうた)さんに話を聞く中で、いんおこには「うどん入りが主流」という定義に加え、「コンニャクを入れる店がある」「全体的にボリュームがある」「立派な鉄板の店が多い」など、店によって個別の特徴を持つことがわかりました。
「このようなお好み焼きが生まれた背景には、力仕事をこなす造船マンが多くいたり、大きな鉄板が手に入りやすい鉄工業が盛んだったりすることがあると思います。そんな地元のお好み焼きを『いんおこ』という呼称で広めたいと思ったのは、因島が尾道市と編入合併したことがきっかけです。島独自の文化が消えかかる中、何かひとつでも残したいと、会社が手がけるフリーペーパーで『いんおこ』の特集を組んだところ、大きな反響をいただきました」。
いんおこの特徴を備えた一枚を提供する「T&K」
実際にいんおこを食べるべく、松浦さんに教えてもらったお好み焼き店「T&K」へ。こちらは2004年にオープンした比較的新しいお店で、いんおこらしい特徴を備えた一枚を提供しています。
店主の吉本京子(よしもと きょうこ)さんは、「タマゴを家から持って行って『これも入れて』って、店先でおばちゃんに頼んだりしよったわ」と、笑って話してくれました。
じっくり蒸し焼きにする、角切りコンニャクが絶妙なうどん入り
お待ちかねのいんおこを、早速作っていただくことに。薄くひいた生地の上にざく切りキャベツとネギ、特徴のひとつにあった角切りコンニャクと豚肉をのせ、じっくりじっくり蒸し焼きにしていきます。その間に鉄板の空いたスペースで手際よくうどんを炒めほぐし、甘めのオリジナルソースで味付け。最後に重ねてひっくり返したら、いんおこの完成です。
広島でよく見かける押し焼きの手法を取り入れていないT&Kのお好み焼きは、どちらかといえばふっくら系。風味づけの魚粉が豊かに香り、何とも食欲をそそります。
島の新スタンダードは、海鮮がふんだんな因島村上海賊焼き
「具はほとんど変わらんのじゃけど、魚介類をトッピングした『因島村上海賊焼き』っていうのを、今は観光協会さんや商工会議所さんが中心になって島でPRしとるんよ。良かったら食べてみて」と、吉本さん。いんおこのてっぺんには、因島を拠点に船や海の安全を守ってきた「村上海賊」の旗が立てられ、地域色たっぷりです。
麺はうどん、タコを含めた海鮮を2種類以上使用し、村上海賊の旗を立てるのが因島村上海賊焼きの条件なのだそう。写真映えするので、観光客やサイクリストが立ち寄って注文することも多いといいます。
キャベツの甘さとうどんのモチモチ感がヤミツキに
箸を入れてみると、まず驚くのがキャベツのトロッと感。かなりじっくり蒸し焼きにするなと感じてはいましたが、野菜がびっくりするくらい甘い!そこにうどんのモチモチ感と角切りコンニャクのクニュクニュ感が絡みつき、ヤミツキになる味わいです。
個人的に「広島のお好み焼きはそば一択」と思い込んでいましたが、キャベツの甘さを引き立てるのはむしろうどんかも…と、新たな発見も。因島村上海賊焼き特有の豪華な海鮮も、大ぶりカットのため食べ応え抜群でした。
しなやかに変化しながら受け継がれていく島の食文化
「昔は島内に50軒ぐらいお好み焼き屋があったんじゃけど、今はずいぶん減ったね。しまなみ海道が開通して、因島は尾道市と合併したけど、地元の人間はやっぱり守っていきたい味や文化があるんよ。その中には変わらんものもあるし、進化するものもある。いんおこは今、こうして新たに開発された因島村上海賊焼きっていうメニューでPRしとるけん、もっともっとたくさんの人に食べに来てほしいな」と、吉本さんは話します。
紹介者の松浦さんの言われていた通り、一枚でお腹も心もいっぱいになるいんおこ。島を想う人たちの手で、島に残る文化のひとつとして守られてきた味は、少しずつかたちを変えながら、きっと100年先まで食べ継がれていくのでしょう。
<お店情報>
施設名
T&K
住所
広島県尾道市因島中庄町2509-7
電話番号
0845-24-0389
営業時間
11:00~14:00、17:00~19:00 ※日曜は昼のみ
定休日
木曜日
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。
地域ナビゲーター
中国支部 広島県ライター
浅井 ゆかり
タウン誌をメインに、ジャンル問わず取材執筆(時々撮影)を手がけるフリーライターです。広島に嫁いで十数年になりますが、広島生まれ広島育ちの夫よりこのまちに詳しい自信あり! 取材に応じてくれる人、記事を手にしてくれる人へ、ちょっとした幸せや新鮮な驚きを届けられるようなプラスの言葉を紡いでいきたいです。