山口県

地域で受け継がれた風土と味わう「瓦そば」

2022.04.08

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、山口県下関市で1914年創業の粒うに専門店「うに甚本舗」を営む冨田昌司社長にご紹介いただいた「瓦そば」です。

見た目も楽しい山口県のソウルフード

「瓦そば」発祥で知られる川棚(かわたな)のまちは、本州最西端に位置する山口県下関市の奥座敷と呼ばれています。なだらかな山並みと穏やかな響灘に囲まれ、温泉地としても有名です。今や山口県を代表するご当地グルメとなった「瓦そば」は、人気ドラマにも登場し、その存在は全国区ともなりました。

なんと言っても、瓦の上で多彩な具を乗せたそばがジュージューする見た目はインパクトが大きく、他に類を見ない食べ物です。家庭では瓦をホットプレートに替えて、子どもから大人までワクワクしながらできあがりを囲む図も日々の光景。昔から庶民に愛され続け、食文化の一つとなったソウルフード・瓦そばを、本場川棚で取材してきました。

川棚の風土を感じる、食と温泉

瓦そばを紹介してくださったのは、1914年の創業以来、下関発祥の粒うにを作り続ける老舗「うに甚本舗」の4代目社長・冨田昌司さん。「川棚には、2カ月に1回ほど妻と出かけます。週末にドライブがてら、温泉と瓦そばを楽しむのが良いリフレッシュになっています。私は歴史も好きなので、瓦そばの歴史的なルーツも愛着が湧く理由かな」と勧めてくれました。

川棚は温泉地という観光のまちでありながら地元の暮らしが見え、のどかさが漂います。そんな地域で紡がれてきた風土を楽しめるのが、名物の瓦そば。冨田社長からも「その土地の文化は、いわゆるご当地グルメなどの庶民の味から入ると、より分かる」と素敵なアドバイスをいただきました。

さっそく、冨田社長もよく利用するという「川棚グランドホテル お多福」を訪れ、瓦そばの由来や楽しみ方、川棚温泉の魅力を教わってきました。店は、ホテル一画にある「瓦そば本店 お多福」。この日も通い慣れたような雰囲気のお客さんが、瓦そばが運ばれてくるのを楽しみに待っていました。

にぎやかで迫力ある登場シーンにワクワク

ジュージューという音、そして芳ばしい香り…!カメラを準備していた私の目の前に現れたのは、1辺が30cm以上もある黒光りした瓦に盛られた、迫力ある瓦そばでした。改めて対面すると、本物の立派な瓦を使っていることや大きさにビックリです。

アツアツに熱した瓦の上に、炒めた茶そば。その上には甘辛く味付けした牛肉と錦糸卵、青ネギ、海苔がトッピングされ、薬味となるレモンともみじおろしが添えられています。なんとカラフルでにぎやかな一品でしょう。まずは瓦そばの発祥について、株式会社 川棚グランドホテル お多福の専務取締役・岡本浩明さんにうかがいました。

瓦そばの歴史は、お殿様が愛した湯治場から始まった

「ルーツは諸説ありますが、長府毛利公が、瓦と土塀の使用をお許しになったことから端を発したと聞いています。綱元公が萩へ向かう道のりに御殿湯を設けたのが、ここ川棚温泉。湯治場として賑わいを見せる中、地元の治安を守ろうと、当時は武家のみ許された瓦と土塀の使用を民家にも許したのが元周公だそうです。当時は鍬(くわ)焼きといった料理に代表されるように、生活に身近なものを調理道具に使っており、瓦の上でさまざまな食材を焼いて食べたのが、瓦そばの始まりです」

「人々の暮らしから生まれているところが川棚らしい」と岡本さんがおっしゃるように、瓦そばは、川棚の人と歴史が編み出した食文化の一つだと感じました。

地元の人が直伝! 瓦そばの食べ方指南

まずは、薬味をだしの器に入れます。お多福のだしは、ソウダガツオやサバ、イワシの魚介類と昆布、干し椎茸を使用。旨みを丁寧に引き出し、砂糖を使わずスッキリ仕上げた上品な味で、主役のそばを引き立てます。

そばと具材を少しずつ取って、だしにつけながら食べます。4種の具材が載っているので、組み合わせ次第でいろんな風味が楽しめそうですね。

最初は、麺ならではの喉越しが楽しめます。食べ進めると、瓦に触れている茶そばがおこげのようになり、パリパリした食感もクセになると好評です。

瓦は、フレッシュなものではダメ

「瓦そばに使う瓦は、フレッシュなものではダメなんですよ」と、岡本さんが面白い表現で説明してくれました。「瓦は、実際に十数年以上天日で鍛えられていないと、高熱に耐えられず割れてしまうんです。この瓦は、古民家など暮らしの中に実際にある本物の瓦を譲り受けています。古い素焼きの瓦は保温性が良くて、じっくりおこげができていくので、おいしく召し上がっていただけます」。瓦の保温性があるから食感の変化も楽しめるなんて、調理器具として理にかなっていますね!

川棚のもう一つの魅力、温泉を満喫

川棚を訪れたら、温泉に入らない選択肢はありません。毛利のお殿様をはじめ、俳人・種田山頭火など多くの著名人に愛されたなめらかな湯は、800年の歴史を誇る山口県屈指の名湯です。川棚グランドホテル お多福では、入浴と瓦そばがお得に楽しめるセット券があり、紹介してくださった冨田社長からもお墨付きをいただいています。

この湯を愛した種田山頭火気分で浸かる

「山頭火気分で浸かってみてください」。ニコリと笑う岡本さんに、お風呂へご案内いただきました。入口から種田山頭火の句が巡らされ、風呂と自然を好んだ彼の美意識の世界へ迷い込んでいく感覚です。山頭火は川棚に滞在した100日で、約300もの句を詠んだそうです。

浴場へ入った途端、美しい構図に心を奪われました。山並みと庭木、そして入浴する自分たちも絵になるのでは?と思えるほどの贅沢な景観で、湯浴みの時間を味わい尽くせます。

100年先に残る、川棚の普遍的な魅力

「この景色をご覧ください」。岡本さんの案内で、なだらかな山裾と響灘に浮かぶ厚島(ピアニストのアルフレッド・コルトーが購入を希望したことから孤留島(コルト)とも呼ばれる)、その間で人々が暮らしを営む景色に出会いました。「山頭火も『広すぎずちょうど良い』と評した通り、山と島にやさしく守られた川棚は、人が見渡せて鐘の音が聴こえる『ヒューマンスケール』のまちなんです。瓦そばも、私の暮らしに欠かせないもの。幼い頃から食べていますし、今も家族とよく食べます。川棚の穏やかな暮らしは、普遍的な魅力ではないでしょうか」。

紹介者の冨田社長が100年先に残したいと話した瓦そばは、川棚の暮らしが紡いできた普遍的な魅力であると知り、取材の答えとしてとても腑に落ちました。瓦そばと温泉と景色、この3つを川棚で多くの人に味わっていただきたいと願っています。

施設情報はこちら

施設名
瓦そば本店  お多福

住所
山口県下関市豊浦町川棚4912-1 川棚グランドホテル お多福内

電話番号
083-774-1111

営業時間
11:00〜22:00(L.O.21:00) ※14:00〜17:00は瓦そばとひつまぶしのみを提供

休業日
水曜(当面の間無休)※変更あり、HPで案内

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

河津 梨香

中国支部 ふるさとLOVERSナビゲーター
河津 梨香

山口県萩市在住。広島で15年ほど編集やもの書きをし、地域おこし協力隊として山口県に帰ってきました。生活の中にある本質的なものに魅了され、その地域ならではの魅力や人々が紡いできたものを受け継ぎ、実践したいと思っています。萩のそんな部分に光を当てるリトルプレス『つぎはぎ』を、仲間3人と作っています。