北海道旭川市

曙一条一丁目で刻む歴史「日本醤油工業」

2022.08.09

この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。今回訪れたのは、旭川市にあるかに太郎の深瀬益一さんが教えてくれた「日本醤油工業」です。

北海道の「おいしい」恵みを日本全国へ

北海道のほぼ中央に位置する旭川市は、「第2の都市」と呼ばれ、都市機能と四季折々の豊かな自然が共存するまち。寒暖差の激しい気候で育つ実りのよい農作物やお米、盆地でありながらおいしい海の幸が食べられるなど、「食」の魅力がたっぷり詰まったエリアです。

そんな旭川の「100年先に残したいもの」を語ってくれたのは、新鮮な海産物や旬の野菜を全国各地に発送する通販サイトを運営する深瀬益一(ふかせ ますいち)さん。「この地で事業をしている者として旭川というまちに感謝しているし、恩返しがしたい」と、熱い想いを持つ深瀬さんだからこそ残したいと感じるものについて尋ねました。

旭川最古の醤油メーカー「日本醤油工業」

深瀬さんが選ぶのは、旭川で最も長い歴史がある老舗醤油メーカー「日本醤油工業株式会社」。“キッコーニホン”という名称を聞くと、ピンとくる方もいるのではないでしょうか。

「うちで販売しているいくら醤油漬けやジンギスカンにキッコーニホンの『生しょうゆ』を使っています。旭川市で事業をするからにはこの土地のものを使いたいという想いがありますが、キッコーニホンの生しょうゆは非加熱でとても風味がよく、ほかの調味料との相性もよいのです。おいしい醤油を作っている伝統と長い歴史のある企業なので、この先も頑張ってほしいですね」と、深瀬さん。その魅力を探るべく、実際に足を運びました。

JR旭川駅から西側に1・5kmほど進んだ「曙(あけぼの)エリア」に、日本醤油工業はあります。特に朝は通勤や通学で慌しく人々が行き交うにぎやかな道路沿い。忙しない日々のなかでもふと足を止めて見入ってしまう、懐かしさを感じさせる佇まいがとても印象的です。

建物の歴史は古く、旭川で最初の入植者とされている鈴木亀蔵(すずき かめぞう)氏が札幌の笠原(かさはら)兄弟と共同で「笠原酒造店」をおこした1890(明治23)年にまでさかのぼります。道内の酒造業合併のため「日本清酒株式会社旭川第一工場」として営んだ後、大戦末期の1944(昭和19)年、「日本醤油工業株式会社」へ転換。今日まで約80年間歩みを進めてきました。

大切に守り続ける「日本の文化」

中へ足を踏み入れると、製造の歴史とともに建物に染み付いたなんとも言えない香ばしい香りが鼻腔をくすぐります。工場内を案内してくれたのは、醤油業界に身を置いて40年の経験をもつ代表の茂木 浩介(もぎ こうすけ)さん。

「『醤油』って、まさに日本の文化ですよね。実は醸造物のなかでも麹菌・酵母・乳酸菌の三大発酵要素を全部使うのは醤油だけなんですよ。だからこそ複雑な味わいが生み出せるので、そこが面白い。そしてこれが日本の文化と味を支えてきたと思うので、醤油の味を守り続けるのはとても価値のあることだと感じています」と、熱を込めて語ってくれました。

タイムスリップをしたような感覚に包まれながら工場の奥へと進むと、これまでの歴史の積み重ねを物語る設備が現在も大切に保管されていました。こちらは、醤油の香りを作る「酵母」を培養していた部屋。「こんなに古い設備が残っているところ、なかなかないんですよ」と、茂木さん。目に入るもの一つ一つが新鮮で、胸が高鳴ります。

続いて案内されたのは、熟した「もろみ」から醤油をしぼる圧搾機が並ぶ部屋。濾布(ろふ)と呼ばれる風呂敷のような布にもろみを注ぎ、それを座布団のように何枚も重ねた上から圧力をかけることで、液体と醤油粕に分離させていきます。昔は袋にもろみを入れて圧搾していた時代もあり、搾り粕を取り出すのに手間取っていたのだそう。その手間を解決する「風呂敷方式」は、当時の醤油づくりにとって非常に画期的な方法でした。

今では大型の機械で行うようになったこうした作業も、根本的な方法は昔と変わりません。「培養室」「木桶(きおけ)」「圧搾機」。老朽化により現在は使用されていないものの、日本醤油工業の歴史を支えた多くの方々の想いとともに、設備がそのままの形で残されていること。それが「この先も残し続けたい」という気持ちを後押ししてくれているのではないでしょうか。お話を聞きながら、醤油づくりに情熱を傾けながら日々を必死に生きていたであろう当時の方々へ、思いを馳せずにはいられませんでした。

伝統と誇りを携えた挑戦

そんな昔ながらの社屋で伝統の味を守り続ける日本醤油工業。なかでも昔から愛されている「キッコーニホン 特級(こいくち)」醤油は、「第48回 全国醤油品評会」にて農林水産大臣賞を受賞しました。過去3度の受賞歴もあり、味・香りともに高い品質で作られていることが客観的にも証明されています。

実は私自身が現在愛用しているのがこの「特級 しょうゆ」。クセがなくまろやかな味わいで、和食料理には欠かせない存在になっています。自分が生まれ育ったまちで想いの詰まったおいしい醤油が食べられるなんて、これほど嬉しいことはありません。

変わらない味をベースに置きつつも、時代の変化による「食の多様化」に応えるため、加工品の開発にも力を注いでいます。工場に隣接する手作り感あふれる直売店では、北海道内の特産品を使用した醤油に加え、ドレッシング、ごはんのおとも、製菓、アイスキャンディーなど、幅広い商品を展開。醤油やドレッシングは試食もできるため、買い物をする時間が「お気に入りを見つける楽しい時間」になること間違いなしですよ。

ラインアップのなかには王道の醤油や昆布だしはもちろん、「アサリの舌心」「たまねぎの誘惑」「カレーなるサラサラマサラ」など、思わずくすっと笑ってしまうようなユニークなネーミングの商品も並びます。

これらは前任の代表の頃から続けている地産地消の取り組み。特産品を作りたい自治体や農家からの依頼を受け、商品開発や少量からの製造を行っています。老舗メーカーだからこそ提供できる知識や技術、そして北海道の豊かな自然で育った農産物・海産物の掛け合わせで生まれる個性豊かな商品の数々。「北海道のために何かできることをしたい」「役に立ちたい」という想いが取り組みから感じられ、とても温かい気持ちになりました。

この先も「旭川の醤油屋」としてあるために

2022(令和4)年6月、日本醤油工業株式会社は節目の80期目を迎えました。「これだけの多彩でおいしい商品を生み出せているのは、賞をいただけるような基本の醤油がちゃんと作れているからだと思っています。これからも、北海道の人たちを中心にキッコーニホンの醤油があることで喜んでもらいたい。だから小ロットでも面白いと思えるものは積極的に作っていきたいですね」と、茂木さんは最後に語ってくれました。

「おいしい醤油を作り続けてほしい」というかに太郎・深瀬さんの想いに共感する気持ちと共に、このまちで生まれ育った縁のある者として「日本醤油工業の刻む歴史を今後も追い続けたい」そんな風に感じることのできた貴重な時間でした。この先も「旭川の醤油屋」であるために。全てが始まったここ「曙一条一丁目」で、可能性を開拓する日々は続いていくのでしょう。

施設情報はこちら

施設名
日本醤油工業株式会社

住所
〒070-0061 北海道旭川市曙1条1丁目

電話番号
0800-800-7772(直売店)

営業時間
10:00〜17:30(直売店)

定休日
年末年始(直売店)

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

山本 栞

北海道支部 北海道ライター
山本 栞

北海道旭川市在住。ごはんと自然をこよなく愛し、「自分で自分を満たす」をテーマに心地よいと思える暮らし方や生き方を模索&実践中。ライティングで大切にしていることは、「正直さと率直さを失わず、読み手に伝わるように事業者さまの魅力を表現すること」です。