石川県金沢市

醤油のまち金沢・大野の誇り「加賀獅子舞」

2022.09.22

日本海に面した醤油のまち・大野

今回訪ねたのは、日本の五大醤油生産地のひとつ、石川県金沢市大野町。かつて日本海を往来した商船・北前船(きたまえぶね)の寄港地として栄え、大野で生産された醤油は北前船に積み込まれて全国各地に運ばれました。

現在も大野町周辺には16軒の醤油醸造元があり、ご先祖が北前船に乗っていたという醸造元も少なくありません。そのひとつが、創業110年を超えるヤマト醤油味噌。醤油や味噌をはじめ、甘酒、塩麹など多彩な商品を手がけ、地元のみならず全国にファンが多い醸造元です。

華麗で勇ましい加賀獅子舞を受け継ぐ

こちらは、ヤマト醤油味噌の営業部長・山本耕平(やまもとこうへい)さん。大野生まれ、大野育ちの山本さんに「100年先に残したいもの」をたずねると「もうすぐ金沢三大祭のひとつ、山王祭(さんのうさい)があるんですよ。ぜひ見てもらいたいなぁ!」と、祭りの魅力を教えてくれました。

毎年7月第4土・日曜に行われる山王祭は、大野町の鎮守・大野日吉神社の例大祭。神輿を中心とした行列が町内を賑やかに巡行します。「年に一度、小さな子どもから大人まで、みんながひとつになる祭りです。なかでも加賀獅子舞は迫力があって見ごたえがありますよ。まちのみんなで受け継いできた“誇り”です」と山本さん。加賀獅子舞は大野町壮年会が中心となって伝承しており、山本さんもその一員なのだそう。今回は、大野町が誇る加賀獅子舞をご紹介します。

祭り本番に備え、まちをあげて練習に励む

祭りの2週間前から加賀獅子舞の練習が行われると聞いて、練習場となっている体育館を訪ねました。館内では保育園児から仕事帰りの大人まで、100人以上が練習の真っ最中。誰もが真剣な表情で取り組んでいます。

大野町獅子舞保存会の丸山弘記(まるやまひろき)さんに話を聞きました。「加賀獅子は江戸時代からさかんに行われるようになりました。金沢では40以上の地域で伝承されています」。

丸山さんによれば、加賀獅子の特徴のひとつが大きな胴体。「頭の後ろに蚊帳(かや)とよばれる巨大な胴体がつきます。蚊帳は、半円形の骨組みに麻布をかぶせたもの。蚊帳の中に三味線や太鼓などの囃子方(はやしかた)が入る地域もあります」。

もうひとつの特徴は、太刀やなぎなたなどを持った“棒振り”の存在。「棒振りが獅子に相対して、舞の最後に獅子を討ち取るので“殺し獅子”ともよばれます」と丸山さんが教えてくれました。

獅子を討ち取る棒振りの演舞が見もの

獅子舞の主役は獅子頭(ししがしら)。そう思っていた私に、丸山さんが言います。「加賀獅子の花形は棒振りなんですよ。獅子頭をあやつる頭(かしら)持ちと、棒振りのダブル主役というか。お互いの駆け引きが、加賀獅子の面白さなんです」。棒振りの勇ましくキレのある動きは、武術そのもの。一説によれば、加賀藩は伝統芸能を隠れみのにして、庶民の武芸を奨励したともいわれています。

「加賀獅子の棒振りは、地域ごとに流派もさまざまです」と丸山さん。流派ごとに演舞の型があるそうですが、大野町の加賀獅子はさらに独特。「2つの流派がミックスされているうえに、型にはまらない。その場の空気にあわせた棒振りのアドリブと、頭持ちとの阿吽(あうん)の呼吸が持ち味です」。そして「大野の獅子舞が一番かっこいいですよ」と丸山さんは胸を張ります。

獅子と棒振りとの白熱した戦い。なかでも棒振りと頭持ちのベテラン同士が相まみえ、祭りの熱気でいわゆるゾーンに入った時、演者も観客もぞくぞくするような演舞が繰り広げられるのだとか。本番が待ち遠しい!

さあ、祭り当日!お囃子が響く港町へ

いよいよ本番当日。大野日吉神社の境内にぼんぼりが飾られ、まちにお囃子の音が響きます。

魔除けの舞を演じる「山王悪魔払(さんのうあくまばらい)」や神輿、加賀獅子などの華々しい行列が、町内約600軒をくまなく巡って厄を祓います。2日目の夕方からは、最大の見どころである「お練り」。まちのメインストリートを、行列が演舞しながらゆっくりと進みます。

写真提供/大野町壮年会
写真提供/大野町壮年会

年長さんたちの棒振りです。「えい!やー!」と掛け声をあげ、獅子を退治するちびっこ剣士。きびきびとした動きに、練習の成果が表れています。中高生の棒振りも、大人顔負けの迫力です。

獅子と棒振りの真剣勝負。お練りは最終章へ

こちらは大人の演舞。棒振り(写真手前)が、大きく鋭い太刀さばきで獅子に正対します。棒振りをにらみ、挑発する獅子。気迫にあふれた棒振りと、刃先に呼応する獅子の動きに、観客の目はくぎづけです。棒振りがアクロバティックな動きで獅子を翻弄すると、観客から歓声があがります。

賑やかなお練りは、神社の境内でクライマックスを迎えます。最後の演舞を終え、大きな掛け声とともにドドドッと拝殿になだれこむ巨大な獅子。悪霊として暴れまわった獅子が、霊獣に戻っていくというストーリーです。居合わせた観客は拍手喝采!心をわしづかみにされるような感動に、言葉もありません。

子どもたちの憧れが、伝統をつないでゆく

これほど盛大で華やかな大野町の加賀獅子ですが、実は昭和期に一度、人手不足が原因で途絶えたことがあるそうです。それをここまで盛り返したのは、まち独自の仕組み。丸山さん(写真上)は「子どものうちから加賀獅子に参加する仕組みを整えたんです」と教えてくれました。

子どもたちは年長になると、棒振りの役が与えられます。その後、小学1~5年までは曳山(ひきやま)や巫女(みこ)舞、子ども太鼓に参加。小学6年から再び棒振りに加わり、中学、高校と棒振りの技をレベルアップさせながら、加賀獅子の一員として活躍します。「子どもたちは『大きくなったら頭持ちをやりたい』『かっこいい棒振りをしたい』と一生懸命に練習します。私も小さい頃は棒振りに憧れました」と丸山さん。

頭持ちなど獅子本体に加わるのは大人たち。町外から越してきた人も大歓迎なのだとか。「年長の子のお父さんに、まず頭持ちをしてもらうんです。一度経験したら、加賀獅子の面白さにはまりますから」。

ほかにもベテラン剣士として棒振りをきわめる人や、囃子方として後進の育成に力を注ぐ人もいます。子どもたちは観客を魅了する大人たちの演舞に憧れ、次世代の担い手として育っていくのです。

ほとばしる熱気が、まちをひとつにする

「祭りを通じてまちがひとつになる」。推薦者の山本さんはこう言っていました。今回、まちがひとつになる瞬間に立ち会って、その言葉の意味を肌で実感しました。祭りで味わった一体感や高揚感は人々の心に深く刻まれて、世代を超えて伝統をつないでゆく原動力となるはず。100年後の山王祭でもきっと、加賀獅子の熱い演舞が繰り広げられるに違いありません。

施設情報はこちら

イベント名
山王祭

開催場所
大野日吉神社(石川県金沢市大野町5-81)

電話番号
076-267-5636(大野日吉神社社務所)

営業時間
7月第4土・日曜

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

森井 真規子

中部支部 地域ナビゲーター
森井 真規子

石川県小松市在住のライター。航空自衛隊、海外生活を経て故郷にUターン。金沢のライター事務所で修業を積み、2005年からフリーランスで活動しています。出会う人やモノ、コトのストーリーを丁寧にすくいあげ、分かりやすい言葉で伝えることを心がけています。