神奈川県箱根町

天下の難所で400年続く「箱根甘酒茶屋」

2022.09.20

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、神奈川県箱根町の中心地・強羅(ごうら)で由緒ある旧閑院宮別邸跡地に建つ老舗温泉旅館「強羅花壇(ごうらかだん)」に、「箱根甘酒茶屋」をおすすめいただきました。

多彩な魅力で観光客を魅了する全国屈指の観光地

高原リゾートとして人気の高い芦ノ湖や1200年の歴史を持つ湯本温泉など、さまざまな表情で観光客を魅了する箱根町。「天下の剣」と呼ばれ、東西交通の要所として発展した箱根町の足跡も垣間見ることができます。旅人に休憩場所とお茶などを提供していた「箱根甘酒茶屋」もその一つ。天下の難所で旅人をもてなしてきた老舗茶屋です。

情緒あふれる空間は箱根自慢の名所

この400年の歴史を紡ぐ「箱根甘酒茶屋」を「100年先に残したいもの」として推薦してくださったのは、箱根町の中心に位置する強羅(ごうら)にたたずむ温泉旅館「強羅花壇」です。
 
強羅花壇のスタッフのお一人は、「元箱根旧街道の中でも、江戸時代に整備された杉並木や石畳が昔の面影を残しているルートを散策しつつ、箱根甘酒茶屋を目指すのが楽しみ」と話し、プライベートでのハイキングでは必ず訪れるお店だそうです。

苦難の時代を乗り越えられたのは「お客さんのおかげ」

芦ノ湖から旧東海道を箱根湯本方面へ進むと、木々の中にぽっかりと姿を現すのが「箱根甘酒茶屋」です。茅葺(かやぶき)屋根のどっしりとした佇まいに、炭火の香り。まるでここだけ、時間が止まっているかのような安堵感と懐かしさを覚えます。

江戸時代、通称「箱根八里」で知られる箱根旧街道は、難所中の難所でした。急坂が続くこの峠越えの道には当時、数軒の茶屋が軒を連ねていたそうです。箱根甘酒茶屋もその1つ。13代目の店主・山本聡(やまもと さとし)さんは「江戸時代はここがメインの通りだったため、参勤交代も含め、かなりにぎわっていたようです」といいます。

ところが、国道1号の開設で人の流れが変わり、さらに戦争の影響もあって茶屋は次々と店じまいに。箱根甘酒茶屋はこの辺りで唯一の茶屋となりながらも、その灯火を守り続けました。

「祖母の時代は1週間、10日に1人しか客の来ないこともあったそうです。生活が成り立たないため、祖父は近くの湯治場へ“外貨”を稼ぎに行っていました」と山本さんは回顧します。そこまでして続けた理由…それは「お客さんが頼りにしてくれていたから、閉める訳にはいかなかったんでしょうね。だから、今も続いているのはお客さんのおかげです」

往時の旅人の気分を味わうため箱根旧街道へ

江戸時代の旅人にとって、箱根甘酒茶屋はどのような存在だったのでしょうか。往時の旅人の気分を少しだけでも味わいたいと、箱根旧街道を歩くことにしました。箱根甘酒茶屋の裏手から整備されているのが、箱根旧街道の新設歩道。新設といっても、苔むした石やうっそうとした杉の林が、独特の雰囲気を醸しています。その道を進むこと約500m、箱根旧街道の石畳に到着しました。

この石畳は、江戸幕府が官道として整備したものです。現在も残る石畳は国指定史跡に。木漏れ日で彩られた石畳は往時をそのままに伝えています。取材した日は30度を超える暑さ。木々が日差しを遮ってくれるものの、体中から汗が噴き出します。

疲れた体に染み渡る、優しい味わいの甘酒

石畳を歩いた後は、再び箱根甘酒茶屋へ。ほの暗い店内はしんと静まり返り、聞こえるのは囲炉裏の炭がはぜる音と鳥のさえずりだけ。庭に目を転じれば、ギラギラと太陽が照りつける景色の中で、ゆらりと煙が立ち上っています。

現世とは思えない贅沢な時間に身を委ねていると、山本さんが同店名物の甘酒を持ってきてくれました。甘酒の材料は、ご飯と麹(こうじ)のみです。柔らかいご飯を炊いて、麹を入れて木じゃくしで混ぜて、室(むろ)で保温して一昼夜。「製法を変えない理由?それしか知らないからですよ」と笑う山本さん。

早速、冷えた甘酒をいただきます。なんと優しい味!ほんのりとした自然な甘さ、しっとりとした口当たり。五臓六腑に染み渡り、ほてった体の隅々にまで優しい味わいが広がるようです。創業当時から変わらないという甘酒が、どれだけ多くの旅人を元気づけたことでしょう。

建物のコンセプトは「不便」。お客さまが作るお店

この箱根甘酒茶屋の建物、年代ものに見えますが、実は13年前に新しく建て直したそうです。とはいっても、土間や囲炉裏を設け、建具や梁(はり)、古い柱は以前のものを再利用しています。「前の店を取り壊す時、お客さんから『ここは変わらないでね』という声を多くいただきました。自分の店であって、自分の店ではない。お店の雰囲気もすべてお客さんが作ってくれているんです」と山本さん。

そうして完成した店のコンセプトは「不便」。店内は暗く、いすも切り株。自動ドアもありません。支払いもキャッシュレス決済などではなく、手渡し。「おつりを渡して、会話をする。そんなお客さんとのやりとりがあっての茶屋。不便ではありますが、その良さを分かってくださる人が、うちの店を大切に思ってくれているんでしょう」

大雪でも台風でも年中無休。常夜灯の役目、今も

400年の歴史ロマンを求めて訪れる観光客が多い一方、今でも頻繁に旅人が立ち寄るそうです。つい先日も、日本橋から京都まで歩いて旅する女性が疲労困憊で店にたどり着き、甘酒を飲んで元気になったとか。そんな旅人のために、今でも店は年中無休。大雪でも台風でも、営業時間外でも旅人が求めれば、店を開けます。「コロナの緊急事態の時も、営業はしませんでしたが常夜灯の役目として店は開けておきました」と話します。

400年受け継がれたもの、それは“日本の文化” 

茶屋として400年守り続けているもの、そして100年先まで残してほしいもの。それは素材を大切にした甘酒の味、旅人をもてなす心、人と人との繋がり…つまり、これまで脈々と受け継がれてきた日本の文化そのものではないでしょうか。

「タイムスリップしたかのような情緒あふれる空間は、ぜひ、今後も保存していただきたい箱根の自慢の名所です」と話していた強羅花壇さん。甘酒茶屋を訪れ、その言葉に深く共感しました。甘酒茶屋は「箱根の自慢」。そして、「日本の自慢」だと。

「日本には『おかげさま』という素敵な言葉があります。今あるのはお客さんのおかげ。とてもありがたいことです」。その思いから、一人ひとりの客を温かく迎え入れる山本さん。出発するライダーに「気をつけて」と見送る山本さんの姿は、旅人を“もてなす心”であふれていました。

スポット情報

施設名
箱根甘酒茶屋
 
住所
神奈川県箱根町畑宿二子山395-28

電話番号
0460-83-6418

営業時間
7:00〜17:30

定休日
無休

地域ナビゲーター

斎藤 里香

関東支部 ふるさとLOVERSナビゲーター
斎藤 里香

群馬県在住。北関東と埼玉を中心に取材・執筆活動をしています。いろいろな「コト」や「モノ」に携わっている人々の“代弁者”として、頑張っている姿や魅力、人々の思いなどを少しでも多くの人たちに伝えられたら嬉しいです。