富山県南砺市

雪国の発酵文化が育んだ「かぶらずし」

2023.01.02

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、富山県南砺市にあるクチーナノブの井上浩延さんに、地元に伝わる郷土料理「かぶらずし」をご紹介いただきました。

豊かな発酵食文化が息づく南砺市

富山県南西部に位置する南砺市(なんとし)は、散居村が広がる日本の原風景と、独自の食文化が息づいている場所です。山に囲まれ、夏場は高温多湿、冬場は寒冷で真っ白な雪に覆われる地形は、酵母や乳酸菌といった微生物の活動を促すのに最適な環境。そのため県内には酒蔵や味噌蔵、醤油蔵が多く、豊かな発酵食文化を形成してきました。

そんな南砺市が誇る郷土料理が、今回ご紹介する「かぶらずし」。この地域では冬にかかせない食べ物として、古くから地域の人に愛されています。かぶらずしを「100年先に残したいもの」として紹介してくれたのが、南砺市のイタリア料理店「クチーナノブ」のオーナー、井上浩延(いのうえ ひろのぶ)さん。奈良県出身の井上さんは北海道のホテルや神奈川県のイタリア料理店で料理の経験を積み、2015年に家族で南砺市に移住しました。そこではじめて近所の方が作ったかぶらずしを食べたそう。

「見た目は少しどろっとしていて味の想像がつかなかったのですが、食べてみるととてもまろやか。発酵によって素材一つひとつの旨味のバランスが絶妙で衝撃を受けました」と井上さんはいいます。一体、かぶらずしとはどんな料理なのでしょうか。

各家庭の味がある「かぶらずし」

やってきたのは南砺市西部にある福光地域。地元でかぶらずし作りの名人として知られるのが、ワインと発酵とクラフトビールのお店「gonma(ゴンマ)」の店主・中川裕子さんです。中川さんは発酵料理をはじめとした郷土料理研究家であり、100年以上続く実家の理容院でハサミを握る理容師の5代目でもあります。

家業の理容室では、昔から曽祖母が働く家族や従業員のためにまかない料理を作っていたそう。中川さんも幼い頃から曽祖母の料理を手伝い、小学校5年生のときには料理の先生に地元の郷土料理を習いに行くようになりました。「かぶらずしをはじめ、野菜を味噌で和えた『よごし』や、卵と出汁を醤油で味付けして寒天で固めた『ゆべす』など、この地域の郷土料理には麹が欠かせないことを知りました」と中川さん。今では全国に向けて富山県の郷土料理の発信やケータリング、ワークショップを手がけています。

早速中川さんに、今シーズン漬けたばかりのかぶらずしを出してもらいました。かぶらずしとは塩漬けにしたカブに塩漬けの魚をはさみ、甘酒で発酵させたもの。南砺市がある富山県西部や石川県加賀地方では、江戸時代から、冬場の貴重なたんぱく源として親しまれてきました。石川県はカブにブリを挟みますが、南砺市ではサバを使うのが特徴です。

「現在も南砺市では家庭でかぶらずしを作る人が多く、それぞれの味があります。使う麹も違えばカブの厚み、塩の加減、漬ける期間などもさまざま。発酵食品とはいえ、味わう時にちょうどいい熟成具合にするためには作り置きができないんです」と中川さんはいいます。

冬の寒さでギュッとしまった砺波平野の大カブ

かぶらずしの仕込みは11月後半からスタート。富山県西部に広がる砺波(となみ)平野では、早生大蕪(わせおおかぶ)と呼ばれるカブが収穫され、地元の道の駅や八百屋にずらっと並びます。直径20〜30cmほどの真っ白なカブが売り場に並ぶとすごい迫力!大きなものは重さ数キロになります。

かぶらずしでは、分厚く皮を剥いたカブの中心部分を使い、3〜4cmに輪切りした後、数日塩漬けにします。「いいカブほど堅くしまっているので、切るのも大変。手首が腱鞘炎になってしまうんです」と中川さん。

カブの中にはさむサバは酢を使って塩抜きをします。中川さんが使うのは、京都・飯尾醸造の「富士酢」。酢酸菌の力のみで発酵させる「静置(せいち)発酵」という伝統的な製法で造られた酢により、魚のまろやかな旨味を引き出します。

北陸唯一の種麹店が造る甘酒が味の決め手

そして、かぶらずしの味を決めるのが甘酒。中川さんは南砺市にある北陸唯一の種麹店「石黒種麹店」の甘酒にこだわっています。今や全国に数軒しか存在しない種麹店。その一軒である石黒種麹店は、1895年創業以来、職人による手作業で米の一粒一粒に麹菌が入った酵素の強い麹を造っています。「石黒さんの甘酒は、アルコールの添加や熱処理をしていない無添加のもの。麹の量が圧倒的に多く、コクのある味に仕上がります」。

実は石黒種麹店の店主・石黒八郎さんは、中川さんのお父さんの幼馴染。しかも実家の理容室に来ているお客さんです。「石黒さんの麹は、私が生まれる前から我が家で親しみのある食べ物の一つでした。身近なところで食文化を支える人がいることに、この地域の豊かさを感じています」

酢でしめたサバをカブで挟み、にんじんの千切りとともに石黒種麹店の甘酒で漬け込むこと1週間程度。この間も決して気を抜くことはできず、毎日気温とにらめっこしています。「気温が上がってしまうと、発酵が進みすぎてすっぱくなってしまうんです。ゆっくり熟成するように、気温に応じて冷蔵庫に入れたり外に出したりと調整しています」

一般的なかぶらずしは漬け込んだ後、汁気をしっかり切りますが、中川さんは軽く汁気を切る程度。「この汁に旨味が凝縮しているので、切ってしまったらもったいない。うちのかぶらずしは、麹をまるごと食べてもらいたいと思っています」。

発酵の組み合わせでワインやシャンパンのおともに

最後にかぶらずしをいただくことに。塩漬けしても適度な歯応えが残るカブの後に、じわっと甘酒の甘味が口の中に広がります。発酵によってカブと酢でしめたサバの旨味が一体となり、なんとも豊かな味わい。さっぱりとした爽やかな後味で、どんどん箸が進みます。これは日本酒に合いそう!

「そのままでも美味しいですが、ブルーチーズやカマンベールチーズと合わせると、ワインやシャンパンにも合います。発酵食品同士が組み合わさることで、さらに旨味が増しますよ」とおすすめの食べ方も教えてもらいました。

南砺市から全国へ発信する郷土の味

毎年、中川さんが冬の間に作るかぶらずしは約2000切れ。数量限定で販売すると、全国各地から注文が入りあっという間に完売となります。クチーナノブの井上さんがかぶらずしを食べて「衝撃を受けた」と言うように、この味に魅せられ毎年注文するお客さんも多いそう。

「この土地で息づいてきた食文化を、全国の人たちに知ってもらえることが嬉しい」と語る中川さん。厳しい寒さの中でゆっくり熟成されたかぶらずしは、長年の知恵と技が育んだ逸品。時代が変わっても冬になると食べたくなる味として、これからも多くの人たちを魅了し続けていくことでしょう。

施設情報

施設名
gonma

住所
富山県南砺市福光6936−1

電話番号
070-4006-8298

営業時間
20:00〜24:00

定休日
月曜

URL
https://www.gonma-ocatte.com/

地域ナビゲーター

石原 藍

中部支部 ローカルライター
石原 藍

大阪、東京、名古屋と都市部での暮らしを経て、福井に移住。地域コミュニティやものづくり、観光をテーマに Web や書籍、広報物の執筆を手がけています。「興味のあることは何でもやり、面白そうな人にはどこにでも会いに行く」をモットーに、自然にやさしく、自分にとっても心地よい生き方、働き方を模索しています。