山梨県富士河口湖町
100年変わらない味、老舗居酒屋「大甚」
2023.02.17
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、愛知県名古屋市にあるシーシーエスコーヒー株式会社の松岡浩史さんに、大甚 本店をおすすめいただきました。
食文化が花開く町・愛知県名古屋市
愛知県名古屋市。ひつまぶし、きしめん、味噌煮込みうどん、手羽先に味噌カツ…この地域を語る上で、決して欠かせない特徴のひとつが「食文化」ではないでしょうか。
名古屋有数のビジネス街・伏見の大通り沿いにひっそりと佇む「大甚 本店(だいじん ほんてん)」は、知る人ぞ知る名古屋屈指の居酒屋。1907(明治40)年創業の老舗酒場として、100年以上この豊かな食文化を誇る名古屋の地で生業を続けてきました。
「美味しいあてとお酒で、行くと元気になれる場所」。大甚をそう紹介してくれたのは、名古屋を中心にコーヒー豆の焙煎・卸を手がけるシーシーエスコーヒー株式会社の営業部業務課課長・松岡浩史さん(写真左)です。
「店の佇まいはもちろん、お店の人や集まってくる客、出されるお酒に、いくつも並んだ惣菜。それらすべてをひっくるめたあの独特な空気感。こんなお店が今後新しくできるとは思えないので、100年先もずっと残っていてほしい場所です。県外から知人が訪れる時は、可能な限りここに連れていきます」と話す松岡さん。そんな名古屋で一世紀を超えて愛され続ける「大甚」とは、一体どんなお店なのでしょうか。
「居酒屋の最高峰」の呼び声も高い
大甚は、1907(明治40)年頃に初代・山田徳五郎氏が名古屋で創業した居酒屋。創業当時の建物は昭和20年半ばの大空襲で焼失したものの、1954(昭和29)年に建て直して以降ずっと使い続けるテーブルや壁が、現在の大甚の味わい深い空気感を作り出しています。「三代続けて来店されるお客さんも多いんですよ。つい先日も、幼少期おじいさんに連れてこられた、と話しかけてくれた方がいました」と笑うのは、四代目の山田泰弘(やまだ やすひろ)さん。
土地柄、仕事帰りのサラリーマンや地元の方が足繁く通うようなお店だったという大甚。しかし近年メディアで「居酒屋の最高峰」と讃えられたり、「日本三大酒場」のひとつとして紹介されたりしたことなども影響し、今では若い世代や観光客、女性客も増えてきているのだといいます。
柳橋中央市場で吟味された新鮮な素材
大甚のこだわりは、近くにある柳橋中央市場で仕入れる新鮮な素材。毎朝、三代目・弘さんと山田さんの二人で旬の魚を厳選しています。「割烹料理屋や高級寿司店と変わらない品質のものを使用しているので原価は高くなりますが、いい素材をお値打ち価格で提供することにこだわりを持ってやっています。一度食べてもらうと、素材の良さや違いがわかってもらえると思いますよ」。
鶏肉は、大正時代からの付き合いがある信頼のおける鶏肉店から。冷凍食品やチルド食品は一切使用しないことからも、徹底した食材へのこだわりが感じられます。
開店と同時に席が埋まる店内
毎日顔を出してちょい飲みを楽しむ常連客から観光客まで、毎日およそ200人ほどのお客さんが訪れる大甚。午後3時半頃、お店の中では着々と開店の準備が進められていました。大甚の開店は、午後3時45分という居酒屋らしからぬ早めの時間帯。店員さんの無駄のない動きで、たくさんの惣菜が次々に小鉢に盛り付けられていきます。聞くと、午前中には仕込みがすべて完了しているのだそう。
この日も開店時間前から入り口に行列ができ、開店後すぐにほとんどの席が埋まってしまいました。一枚板のテーブルでの相席が、大甚の基本。知らないお客さん同士が意気投合し、お酒を酌み交わすという素敵な出会いもあります。
ずらりと並べられた約40種類の惣菜たち
配膳台にずらりと並べられているのは、先ほど盛り付けられていた小鉢たち。大甚の料理は、煮物に刺身、酢の物、サラダなど、お酒のあてになるような惣菜がメインです。約40種類ある惣菜たちはここに出されたものがすべてで、なくなり次第終了します。この他にも、刺身約10種類、日替わりメニュー約25種類ほどの料理を注文式で楽しむことができます。
配膳台に並ぶ料理の注文の仕方は、至ってシンプル。店員さんに「これ」と小鉢を指差すと、持っているお盆に乗せてくれるというなんとも楽しいセルフサービススタイルです。配膳台の前に大勢の人が集まり、それぞれお気に入りの惣菜を選んでいきます。
「ホッキ貝やじゃがいもの料理が美味しいんですよ」と教えてくれたのは、名古屋の隣町・豊田市からやってきたという若い女性。このお店に通って3年目で、よく一人や友達と一緒に来るのだと話してくれました。
今回私が注文したのは、「牛すじ煮卵」「ほうれん草のおひたし」「椎茸の卵とじ」「蝦蛄(シャコ)」の4品。全体的にやや濃いめながらも素材をしっかりと感じられる味付けで、酒飲みにはたまらないラインナップです。
冬の一番人気「和牛ホルモン土手鍋」
取材時は冬。この時期一番のおすすめだという「和牛ホルモン土手鍋」も注文してみました。プリップリのホルモン、しっかり味の染みた豆腐に、濃い黄色の卵…ひとくち食べるとほっこりと温まる、寒い時期ならではのメニューです。5年かけて開発したというこだわりの味噌を使用した濃厚な味わいに、名古屋の精神をしかと見た気がしました。
開業当時からずっと変わらない定番メニュー
開業当時からあるメニューは、どれも素朴でほっとするものばかり。「かしわの旨煮」と「イワシの煮付け」は、山田さんが子どもの頃からずっと変わらない味なのだといいます。
料理を作る上で大切にしていることを尋ねてみると、「素材の質を落とさないこと。うちの料理には特別な味付けや飾り付けがありませんが、素材には自信を持っています」と教えてくれました。
大甚の顔・おくどさんで燗する絶品樽酒
おくどさん(かまど)でじっくり温められた日本酒が堪能できるのも、大甚の自慢のひとつです。大きな四斗樽から徳利に注がれる日本酒は、木の香りをふんわりとまとい、まろやかな口当たりが評判。全国でここでしか飲めないという賀茂鶴の「超特撰特等特別本醸造」の樽酒は、大甚の一番の顔として知られています。
木製の大きなそろばんでお会計
「お会計お願いします〜!」。その一言で、泰弘さんが手にとってやってきたのは、こちらの大きな木製そろばん。「そろばん勘定は開業当初から。最近ではおしゃれとかかっこいいとか言ってもらえるようになりました」。初めて訪れるお客さんや若い世代から特に好評なのだと山田さんは微笑みます。なんともレトロな光景が見られることも、大甚を訪れるお客さんの楽しみのひとつなのでしょう。
歴史を守りつつ時代に合わせたお店を目指して
「お客さんには、食べ終わった時や帰る時に、あ〜楽しかった、と思ってもらいたい。そのためには、変えてはいけないものを残しつつも、時代に合わせた新しいメニューや運営を考えていく必要がある、と強く感じています。これから100年先までやっていくためには、お客さんの様々な嗜好に対応していかなくてはいけないと思うんです」。
変えていくべきものと、ずっと残していくべきもの。100年という長い歴史を大切にしつつ、新しいものを積極的に取り入れ生かしていきたいと、今後の意気込みを聞かせてくれました。
100年以上、この場所でずっと変わらず掲げてきた「大甚」の看板。その味わい深い趣や空気感は、長い歴史と大勢のお客さんが共に紡いできたからこそ醸し出されるもの。「ここに来ると、誰もが笑顔になって話が弾み、お酒が進むんです」と話してくれた松岡さんのように、この空間でお酒や料理を楽しむひとときこそが、今この店を訪れる人にとってかけがえのないものになっているのだろう、と感じました。
「時代に合わせたメニューも増え、年々客層も広がっていっているんですよ」と楽しそうに話す泰弘さんと、一世紀を乗り越え更にこれからの100年に向けて歩き出している大甚。その二人三脚が生み出していくであろうこれから先を、私も見たくなりました。
施設情報はこちら
施設名
大甚 本店 (だいじん)
住所
愛知県名古屋市中区栄1-5-6
電話番号
052-231-1909
営業時間
[月~金]
16:00~21:00(L.O)
[土]
16:00~20:00(L.O)
休業日
日曜・祝日
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。
地域ナビゲーター
中部支部 愛知県ライター
山田 芽実
香川県で生まれ育ち、米国・京都・東ティモールを経て現在は愛知県名古屋市在住。土地やそこに住む人たちの「すてき」をゆるっとズバッと発見中。絵を描いたり、デザインをしたり、写真を撮ったりしています。