山梨県富士河口湖町
京都の学びの精神を継ぐ場-有斐斎弘道館
2023.04.29
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、関西支部ナビゲーター・文と編集の杜・瓜生朋美さんご自身の「100年先に残したいもの」をご紹介します。それは、京都府京都市の文化施設「有斐斎弘道館」です。
江戸時代、京都御所の西にあった学問所址
京都で「文と編集の杜」というライティング事務所を運営している瓜生朋美です。ライターとして活動するようになって15年ほどになります。もともと歴史に興味があり、取材で社寺を訪れたり、個人的に茶道や能に触れたりしているうちに、京都に息づく伝統文化の奥深さの虜に。もっと勉強したいと思うようになりました。
そんなとき、知ったのが「有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)」です。京都では、文化・芸能を楽しむ人、携わっている人がたくさんいます。今も現役で多くの伝統が受け継がれる理由に、「学び」を大切にする風土があり、それを育む「場」がある。そのことに気づかせてくれたのが、今回ご紹介する有斐斎弘道館です。
京都市上京区、京都御所の西にある閑静なエリアに立つ有斐斎弘道館。とは言っても通りに面しているのは門だけ。周囲にはマンションや住宅が立ち並び、その控えめなたたずまいは、気を付けていないと、見逃してしまいそうなほどです。
通り沿いに「皆川淇園(みながわきえん)弘道館址」という石碑が立っていますが、皆川淇園は江戸時代中期に活躍した儒者。彼の設立した学問所「弘道館」があったとされるのがこのあたりなのです。
マンション建設の危機を回避し、建物と庭を保存
現在の有斐斎弘道館の建物は江戸時代の末期に建てられ、大正時代にかけて増改築をされてきたもの。皆川淇園が世を去って、およそ200年。時が平成になっても、ここには美しい庭を持つ数寄屋建築がありました。しかし、2009(平成21)年、取り壊してマンションが建つ計画が持ち上がります。
取り壊しを何とか阻止したいと立ち上がったのが、現在同館の館長を務める濱崎加奈子さん(写真上)や京都の花街・上七軒にある「有職菓子御調進所 老松(おいまつ)」。借金をして建物と土地を購入し、有斐斎弘道館としての活動を始めました。
もともと町家を保存し、伝統文化の学び舎とする活動をしてきた濱崎さんですが、それにしてもどうしてそこまでの情熱が……。
「ここに出合った時、学問所であったというこの場所がすごく大事だと感じました。京都は文化や産業を育んできた町全体が学びのまちです。こういう場所がなくなってしまうと、まちからエネルギーが、いわば一つの機能が失われてしまう。長い時間をかけてここで培われてきたものが一瞬にして消え失せてしまうと思ったんです」と濱崎館長は振り返ります。
手入れの行き届いた空間から感じる静謐さ
私が初めて弘道館を訪れたのは、7年ほど前。「歴史が好きなら、とても面白い講座をしているところがあるよ」と友人に誘われてのことでした。門を入り、路地を通ってさらにもう一つ門をくぐって。見えてきたのは、古いけれど、手入れの行き届いていることがわかる日本家屋。庭の木々もきれいに整えられていています。静かで穏やかな空気。寺院や料亭など、こういった趣の場所はありますが、どこか佇まいが違っていました。
建物の中に入ると、まずは茶室に案内されて呈茶のもてなしを受けました。作法もよくわからず、ドキドキしながらお菓子とお茶をいただいてから、講座が行われる広間へ。畳の広い部屋に、年齢層はさまざまな人が集まっています。
床の間、畳、苔の緑。講座中も五感に響く和のエッセンス
受講したのは「信仰から見る京都」という講座。京都や周辺の地域が信仰や宗教とどのように関わり合いながら、今に至っているのかを資料を交えて解説するものです。講師の方が、現代と過去を行き来しながら、わかりやすく話してくれます。切り口を変えながら、現在も開催されている人気の講座です。
講座の間、畳に座って(現在は椅子のご用意もあります)話を聞くなんて、今どき珍しいスタイルだなと、新鮮に感じたことを覚えています。広間の床の間には掛け軸がかかっていて、庭に目をやれば、苔の緑が広がる。この景色は、月日が流れた今でもひとつも変わっていません。
茶道や能など、初心者でも気軽に楽しめるプログラム
有斐斎弘道館では、座学のほか、お茶、香、能、落語など、体験しながら学べる多様な講座を開催していて、どれも初心者が気軽に参加できる内容。それを知って「こんな場所があるんだ」と驚きました。和の空間や趣向を「京都らしい」とよく言いますが、京都らしい場所を、京都らしく使っている有斐斎弘道館は、京都でも貴重な存在です。
日本の文化を生み、育てた空間だからこそ
有斐斎弘道館の建物や庭を保存していくにあたり、日本独自の文化を学ぶ場を提供することには、大きな意味があると館長の濱崎さんは考えています。
「学んだり、芸術を鑑賞したり。それらを体験することには発見があり、人を成長させてくれます。その体験そのものはどこでもできることではあるけど、歴史的に日本の文化の多くは、この場所のように庭があり、広間があるような日本建築で育まれてきた。ですからここで体験していただきたいんです」
美意識を肌で感じる体験を
同じ講座をビルの教室で聞くことも、芸能を立派なホールで見ることもできる。それももちろん有意義なこと。どちらが良いか、優れているかではなく、また違った体験ができるのが有斐斎弘道館の特徴だと続けます。
「場所が違えば、見えているものは同じでも、呼吸を感じたり、においがしたり。きっと肌感覚も違いますよね。ここには空間が持つ力、歴史的に長い時間をかけて、自然と対話しながら培われ、受け継がれてきた美意識が宿っているんです」
大人に取り戻してほしい、自由な学びの豊かさ
かつてこの場所には、皆川淇園をしたって全国から集まってきた人々が、思い思いに学んでいました。その中には大名もいたとか。大人たちがそれぞれの興味関心にしたがって、皆川淇園に教えを受けていたのです。「私たちはいま、子どもの時に学校で勉強するのが当たり前になっているけれど、大人になっても学びは続く。皆川淇園がやっていたような学びを探究してみると、江戸時代の学びの豊かさに気づきます」と濱崎館長。現代の大人たちにも学びを取り入れてほしいと話します。
京都市の街中に再興された、江戸時代の学問所の精神。広間に差し込む日差しや、座っているときに感じる時間の流れも、喧騒に生きる現代人には心地よく感じ、日本の伝統を考えるきっかけになるかもしれません。そして時代が変わっても変わらない学びの楽しさ。このことを実感し、人生を豊かにしてくれる現代の学問所が有斐斎弘道館です。100年後を生きる人たちにも学ぶ喜びを与え続けてほしい、そう思います。
施設情報はこちら
■有斐斎弘道館
住所 京都市上京区上長者町通新町東入ル元土御門町524-1
電話 075-441-6662
開館時間 10:00〜17:00
定休日 水曜日
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地域ナビゲーター
近畿支部 企画・編集・ライティング
文と編集の杜
京都、二条城の近くに事務所を構える「文と編集の杜」。福岡県出身で、高知県、静岡県と全国を点々としてきた瓜生朋美が設立した編集・ライティング事務所です。関西を中心に、歴史、グルメ、インタビューと、幅広く取材・記事執筆を手掛け、地域のさまざまな魅力を発信中。