山梨県富士河口湖町
江戸時代の人々の知恵から生まれたばら寿司
2022.01.07
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回「100年先に残したいもの」ご紹介いただいたのは、岡山県倉敷市にある「料理旅館 鶴形」の村上裕人(むらかみひろと)さんです。
倹約令に逆らった庶民の知恵
岡山では「備前ばら寿司」(別名、「隠し寿司」「岡山ばら寿司」「まつり寿司」など地域や世代によって呼び名が変わります)が郷土料理として広く知られています。全国的には「ちらし寿司」の呼び方が一般的ですが、「ばら寿司」と「ちらし寿司」の大きな違いは具材を酢飯に混ぜ込むか混ぜ込まないか。ばら寿司の場合は具材を小さく切って酢飯に混ぜ込みますが、ちらし寿司の場合は具材を酢飯に「散らして」のせるのが一般的。また、岡山のものは具材が大きく品目数が多いのも特徴です。
岡山の「ばら寿司」の由来は遡ること江戸時代。備前岡山藩主・池田光政公の出した「食膳は一汁一菜にせよ」という倹約令のため、贅沢ができなくなってしまった庶民たちが反発してさまざまな魚や野菜を隠し混ぜて食べていたのが由来とされています。池田光政の命日である6月27日は、「ちらし寿司の日」として登録され、現在ではお祭りやお祝いの日に各家庭で食べられています。
各家庭で引き継がれてきたハレの日のご馳走
「備前ばら寿司」を「100年先まで残したい」と語るのは、倉敷にある築250年以上の油問屋を再生して営まれている「料理旅館 鶴形」の村上裕人(むらかみひろと)さん。村上さんが子供のころは秋のお祭りに作るというのが各家庭の決まりだったそう。「シャコ、エビ、アナゴをのせるのが一般的ですが、それぞれの家庭のお決まりの具材があり、お母さんの味として家庭で引き継がれていました」 と話します。
現代風にアレンジされた「返し寿司」
「料理旅館 鶴形」のある岡山県倉敷市は、江戸から大正・昭和と歴史を積み重ねた情緒あふれる「倉敷美観地区」が観光地として有名です。そこから徒歩10分ぐらいのところに江戸時代に食べられていた「備前ばら寿司」を忠実に再現しながら、現代風にアレンジした「返し寿司」が食べられるお店「四季彩料理成一(SHIGEICHI)」があります。
「成一」は2021年の4月に同じ地区にあった「蔵Pura]という店から現在の場所に名前を変えて移転しました。今回はオーナーの森成司(もりしげじ)さんと共に「成一」を支える料理人の小野耕平(おのこうへい)さんにお話を伺ってきました。
一見、質素なお寿司だが、ひっくり返すと…
「成一」の「返し寿司」は、正方形の箱型折に一見、錦糸卵しか入っていないように見えるのですが、一度蓋を閉じて箱ごと真っ逆さまにひっくり返すと底には豪華な具材の乗った寿司飯が現れます。なんともエンターテイメントな料理!昔は各家庭の重箱の底に具を敷き詰めて、ご飯を乗せて具を隠してお皿の上にひっくり返していたそうです。
瀬戸内の食材をふんだんに使った贅沢な一品に!
早速ひっくり返して見ましょう。思わず「わー」と歓声をあげてしまうほど豪華な海の幸、山の幸があふれるぐらいに敷き詰められています。「これが見たかったんです」というお客さまの声も多いのだとか。通年では倉敷市下津井で採れる鰆(さわら)、タコ、穴子、しゃこ、また野菜は地元産のレンコン、黄ニラが使われます。季節によってはカツオやタイなども。
見た目も美しく、ため息が出るようななんとも贅沢な一品。魚のネタはしっかり厚みがあり、ボリューム満点でどれも満足するものばかりです。奥まで箸を通すと卵がでてきて具と酢飯と卵を一気に食べるのが究極の幸せ。瀬戸内海の近くに住んでいて本当によかった!と改めて思える瞬間でした。
小野さんに「返し寿司」の1番の魅力は何かと尋ねると、「“ひっくり返す”という行為が蓋を開けた時の具材の豪華さを引き立たせることです。初めてのお客さまはとても驚かれます」と。卵だけの質素なご飯にこんな秘密が隠されていたとは、なんと粋なお料理!江戸時代の人たちはよくこんなカラクリご飯を考えだしたなと感心してしまいました。
次の世代に引き継いでいきたい「備前ばら寿司」
「成一」の「返し寿司」は10年前、「天領寿司祭」という町おこしのイベントで提供したことがきっかけで生まれました。オーナーの森さんが図書館に籠り、岡山の郷土料理について昔の文献を片っ端から調べた結果、目をつけたのが「備前ばら寿司」。そこで考案された「返し寿司」がとても反響が良かったので、お店のメニューとなり、徐々に地元で知られるようになりました。その後は全国放送のテレビ番組などでも取り上げられるようになり一気に知名度も上がっていきます。
「味は間違いなくおいしいです。でもそれだけではなくお客さまには食べる前の“ひっくり返す”というひと手間を楽しんでほしい。江戸時代の庶民の方の知恵から発案された“備前ばら寿司”は後世まで守られるべき岡山の郷土料理です」と小野さんは話します。歴史を感じながらも更に仕掛けが面白く驚きとワクワクがいっぱい詰まった「備前ばら寿司」は岡山県民のソウルフードとしてずっと残っていく料理になるでしょう。
施設情報はこちら
施設名
四季彩料理成一(SHIGEICHI)
住所
岡山県倉敷市阿知3-12-7
電話番号
086-435-2211
営業時間
11:30〜14:00(L.O.13:30)
17:00〜22:00(L.O.21:00)
不定休
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中国支部 フォトグラファー&時々ライター
松本 紀子
岡山県瀬戸内市在住。主にフォトグラファーとして活動していています。岡山県のヒト、モノ、コトの魅力を十分にお伝えできるような写真に気持ちが伝わる文章を添えていきたいです。