京料理や寺社仏閣など、幅広いシーンで使われる漆
漆(うるし)と聞いて思い浮かぶのは、艶やかで深い色合いのお椀ではないでしょうか。黒や赤の漆に金色の装飾が施された華やかなお椀は京料理に欠かせません。さらに漆は、寺院の建築物や仏壇など、木材が使用されるさまざまな場面で使われてきました。色を付けるだけではなく、木材の腐食を防止し、硬度を増して補強する役割も果たしています。このように漆は、日本の歴史と文化を支える存在なのです。
明治期に創業した漆精製の老舗
今回ご紹介する返礼品は、そんな漆にまつわる一品。京都市にある堤淺吉漆店の「自分でつくる日常使いのマイ漆器『ふきうるしキット』(動画解説付)お箸木地2膳+お椀木地2客」です。
堤淺吉漆店は、1909(明治42)年に創業した、漆の原材料店。色やツヤ、さらに多彩な用途に合わせてさまざまな種類の漆を“精製”し、職人や作家に提供しています。漆の“精製”……あまり聞きなれない言葉ですよね。漆がどのように作られるのか、堤淺吉漆店取締役の森住健吾さんに教えてもらいました。
1本の木からわずか200mlほどしか採取できない樹液
店舗の奥にある工房には、所狭しと並べられたたくさんの桶が。上部に被せてある紙をめくると、カフェオレのような色の液体が見えました。「これが漆です。漆掻き職人、通称“掻き子さん”が、漆の木に切り込を入れて、ゆっくりと出てくる樹液を集めたものです。漆の木は約15年かけて育ちますが、一本から採れるのはわずか牛乳瓶1本分、200mlくらいなんです」。この一杯の桶に何本分の漆が入っているのかと想像すると、とても貴重なものだとわかります。
5カ月ほど漆を採取したら、成長するまで15年待つ
現在、日本で流通している漆のうち9割以上が中国産。日本産はほんの数パーセントです。それでも、国宝・重要文化財の修復に日本産の漆を使うなど、近年少しずつ日本産の漆の割合は増えてきていると森住さんは言います。「主な産地は、岩手県二戸市の浄法寺。ほかにも、茨城県久慈郡大子(だいご)町や京都府福知山市でも採取されています」
漆を採取するのは、6月から10月頃まで。採取した後、漆の木は伐採されます。その後、切り株から出てくる芽を10~15年かけて育て、その木から再び漆を採取するという気の遠くなるようなサイクルです。この日はちょうど岩手から漆が届いていました。「木から採取したままの状態で届くので、中には木くずや葉っぱが入っています。ここから不純物を取り除き、漆をろ過して使える状態にします」
木地の木目をいかせる「生漆」
今回の返礼品に入っているのは、ろ過した「生漆(きうるし)」。これをベースにさらに精製し、黒や飴色、朱色などの「塗り漆」をつくります。
「生漆は樹液そのもので水分量が多く、拭き漆をすると木目がそのまま見える仕上がりになります。木地に摺り込んで素地を強固にする『木地固め』や補強として、麻布を貼る『布着せ』、砥之粉(とのこ)や地之粉といった土と生漆、水を練り合わせたペースト状のものをヘラで付ける『地付け』や『錆付け』など、塗りの下地工程にも生漆は欠かせません。その後、下塗り、中塗り、上塗りと塗り漆を重ね、ものすごい工程を経て漆器は出来上がるんです」と森住さん。
好みのツヤになるまで摺りこんで
返礼品には、木地のお椀2客と箸2膳に、50gの生漆などがついています。木地に生漆を「摺り込む」→「拭き上げる」作業を繰り返してツヤを出す、「拭き漆」という最もシンプルな漆芸の技法で、自分で完成させるものです。自分で漆器をつくる体験ができるのも、この返礼品ならでは。森住さんからは「好みのツヤが出るまで何度も繰り返してください。木地の補強にもなるのでやればやる程強固になります。1~2回では使ってるうちに漆が取れて木地が水を吸い、劣化の原因になりますので、最低3回は行った方が良いと思います。塗った後はしっかり硬化させ、できたら3カ月、少なくとも1カ月くらいはそのまま乾かして、漆が完全に硬化してから使ってください」とアドバイスをいただきました。
さらに、作業をする際の注意点も。「乾く前の漆が直接肌につくと、かぶれることがあります。完全に硬化していれば、かぶれる可能性は限りなくゼロに近いです」とのこと。返礼品には解説動画を紹介した説明書が同封されているので、はじめての方も安心してはじめられます。
サーフボードやBMXにも。漆の木を植えて森をつくる活動も
自然素材であり、塗装材料としても優れている漆。漆器は手入れをして長く使えることも利点です。「昔は家庭の食卓で普通に使われていて、塗り替えては、代々大切に使い続けていたんです。使うことでなじんだり、ツヤが変化したり。それも漆の魅力です」。
日本産の漆の使用が増えてきたとはいえ、生産地が少なくなり、危機感を感じている森住さんたちは「まずは漆の存在を知ってもらうことが課題」と言います。そこで堤淺吉漆店では「うるしのいっぽ」という漆普及活動をはじめ、近年「BEYOND TRADITION」というプロジェクトも始動。サーフボードやBMX(バイシクルモトクロス)に漆を塗るという取り組みで、漆の新たな可能性や価値観を発信。また、京都市右京区の京北町で、漆の木を植えて、森づくりから始まる循環型のモノづくりの拠点「工藝の森」も展開しています。
自分で作り上げた“マイ漆器”を食卓に
縄文時代から使われていたとされる漆。循環型社会が言われる今こそ、大切に受け継いでいきたい文化です。「手に持ったとき、肌にしっとりなじむ木と漆の独特の質感も感じてほしい」と森住さん。自分好みの濃さに漆を摺りこんだマイ漆器。使い込むうちに変化していく色合いや艶も、自分で作り上げていくようで愛着が湧きそうです。食事をするのが楽しみになるマイ漆器を、作ってみませんか。
近畿支部(京都府京都市担当) / 文と編集の杜(ぶんとへんしゅうのもり)
京都、平安神宮の近くに事務所を構える「文と編集の杜」。福岡県出身で、高知県、静岡県と全国を点々としてきたちくしともみが設立した編集・ライティング事務所です。関西を中心に、歴史、グルメ、インタビューと、幅広く取材・記事執筆を手掛け、地域のさまざまな魅力を発信中。また、表現を楽しむスペースとして、オフィス内に店舗を併設。読みものにまつわるイベントも開催しています。
漆器は「使用後のお手入れが大変」「かぶれる」というようなイメージを持っていましたが、実際には漆が乾いてしまえば触ってもかぶれず、使用後の手入れもさほど煩雑ではないと聞いて安心。木地の器に、木の樹液である漆を塗って補強することは、とても自然なことに感じました。自然やものを大切にする気持ちを持って、マイ漆器を使えたらいいですね。