幅広い世代に愛されるジンギスカン
アツアツの鉄板に、タレのしみたお肉を並べる。ジューッという音とともに、甘く香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。かねひろジンギスカンの味付けは、ひと言で表すなら「絶妙」! 甘いのだけど甘すぎず、しっかり濃いけどしょっぱすぎず、生姜やこしょうが効いているけどキツすぎない。ごはんにもビールにもよく合い、子どもから大人まで幅広く、多くの人がおいしいと食べられる味付け。それが、北海道長沼町で長く愛され続ける、かねひろジンギスカンの味なのです。
私自身、これまで「なんだか絶妙においしい」と感じてきた、かねひろさんの味付け。取材を通じて、そのこだわりを改めてお聞きしました。
札幌を一望する、小旅行に最適な町
長沼町は、札幌市内から車で約1時間、新千歳空港からは約30分というアクセスの良さで、移住先や別荘地としても近年人気の高い町です。都市近郊農業が発達し、夏場の道の駅には常に人だかりができるほど。おしゃれなカフェがいくつも点在し、小高い丘の上にはワイナリーやコテージも。その眺望もあいまって、札幌や北海道外からの旅行者も多く見かけます。
そんな長沼町の中心街の一角に、かねひろ本店はあります。北海道内ではジンギスカンメーカーとして知られていますが、町内では精肉も扱う昔ながらのお肉屋さんとして、町民に長く親しまれている存在です。
リンゴやタマネギ、フレッシュへのこだわり
「うちはタレの原材料となるリンゴ、タマネギ、生姜などは、毎日、生のものをミキサーにかけて搾っているんですよ」と教えてくれたのは、株式会社かねひろ代表取締役社長の廣川朝夫(ひろかわ あさお)さん。長沼町ではタマネギも多く作られていて、当時からリンゴ農家もあったことから、なるべく地元の素材を使うことも大切にしてきたそうです。
「タレを作り置きしないこと、生の素材を使うことは、昔から変わらないこだわり」と廣川さんは胸を張ります。
実際にタレの製造工程を見せてもらいました。すでに圧搾は終わっていましたが、たちこめる香りだけで食欲が湧いてきます。醤油などの調味料を入れる前の、原材料を搾ったジュースを味見をさせていただくと、これがまたおいしい! 生の素材にこだわり続ける理由が分かった気がしました。
羊の処理は地域の共同作業だった
廣川さんは、「かつて北海道ではめん羊飼育が盛んで、このあたりでも昔はたくさんいた。育てやすいタンパク源でもあったんだろうね」と教えてくれました。農家が畑仕事に出るとき羊を連れていき、木に綱をくくって草を食べさせておく。そうやって手間をかけずに育てられた羊は、「年に一度、近所のみんなで一緒に処理して、肉を分け合って食べたんだ」と、廣川さんは懐かしそうに目を細めます。
先代が精肉店を始めたのは1964年。それから地元のお客さんの要望を聞いて試行錯誤を重ね、1976年に味付きのジンギスカンを発売しました。その当時は、町内に羊がいっぱいいたそうですが、何年もしないうちに、輸入肉の台頭によって地元の羊はいなくなったのだとか。かねひろジンギスカンの原料肉も、オーストラリアやニュージーランド産のものに切り替わっていきました。視察も兼ねて、廣川さん自ら買い付けに現地に赴くこともあるそうです。
お肉の処理も、一つひとつ丁寧に
実際に食べてもらうと分かりますが、かねひろのお肉はとても柔らかいんです。その秘密はスジの処理。主力のロースは一本一本、職人さんが手作業でスジを取り除いているんだそうです。今回は実際の作業は見られませんでしたが、冷凍庫に山積みにされたロースの箱を見たら、手作業の大変さは容易に想像できました。
スジだけをきれいに取り除くには、熟練の技術が必要だと廣川さんは言います。包丁を握るまでに最低2、3年はかかるのだとか。かねひろジンギスカンの柔らかな口当たりは、職人さんのたゆまぬ努力のたまものだったのです。ロース以外の部位も、脂身を適度に残し、肉のうま味と脂身の甘さをバランス良く味わえるよう、カットにこだわっているのだそうです。
包み紙は込められた真心の証
かねひろジンギスカンは、お肉の入ったビニール袋を、商品ごとに色の異なる包装紙で包んであります。ぱっと見て一瞬で商品の種類が分かるのがうれしいですし、紙包みにどこか懐かしさを感じます。舞台裏を見せていただくと、何とすべて手巻き! 凄まじい速さで、しかもきれいに丁寧にお肉が紙に包まれていく様子は、見ていて気持ちよく感じます。「包装紙があると、直接持っても冷たさを和らげるし、丁寧な良い商品という印象も持っていただけるでしょ」と廣川さんは笑いました。
通販のお客さんが全国にいて、そのほとんどがリピーターだと言います。愛される理由は、味だけに留まらない、手にする人へのおもてなしの心ゆえと感じました。
お子さんが食べやすい味を
長沼町では、地元出身の人が子どもを連れて里帰りするとき、ジンギスカンを食べようという話になるそう。「そのとき、お子さんが喜んで食べてくれたらうれしいよね」と、廣川さんは言います。子どもが食べやすい、ごはんに合う味。それが、タレの味の決め手になっているそうです。
あるとき、原材料納入の都合で、期せずして白こしょうが黒こしょうに置き換わってしまったことがありました。そのとき製造したジンギスカンを食べた子どもが「なんだか辛い」と訴えたことから、そのことが判明。廣川さんは「お子さんの味覚は敏感。みんなが食べやすい、この味を守っていきたいね」と微笑みました。
少しずつ焼いて、すぐ食べる!のがコツ
廣川さんは、かねひろジンギスカンをおいしく食べるコツを「一気に焼きすぎないこと」と言います。少しずつ焼いて、すぐ食べるのがおいしい。キッチンでそのままかぶりついてしまうくらいがいい、と廣川さん。理想は七輪にジンギスカン鍋という組み合わせだそうですが、BBQをするときに鉄板を用意して焼くのもいい、とも教えてくれました。フライパンで焼くときは、野菜などをたくさん一緒に焼いてしまわないこと。温度が下がり、汁が出て、煮込みのようになってしまいます。
お肉はお肉だけで、汁をしっかり切って、焦げ目がつくように焼くのが一番おいしいとのこと。長年かねひろファンの私は、しっかりそのように食べてきました。お墨付きをいただけてうれしくなりました。
地元の温泉施設でゆったり味わえる
長沼町の町外れにある「ながぬま温泉」では、かねひろジンギスカンを含む町内のジンギスカン3種を焼いて食べることができます。お風呂上がりに、運転をされない方はビール片手に楽しめます(※)。そして、ここの焼き台はガスコンロではありますが、プレートがとても秀逸! ごくなだらかな四角錐形になっているプレートには、縁にたくさんのスリットが入っています。そこから余分な汁が流れ落ちるため、いつでもジンギスカンにジュウジュウと焼き目が付く構造です。
(※現在、緊急事態宣言に伴い、お酒の提供は行っておりません。)
窓の外には、自然豊かな町の風景が広がります。札幌市を消費地とした近郊農業の地として存在感を示す長沼町。ジンギスカンという食文化も、いつまでも変わらず受け継がれていけばいいな、と願うばかりです。
北海道支部(北海道長沼町担当) / 佐々木 学(ささき まなぶ)
北海道食材探検家、広報プランナー。「北海道食べる通信」編集長として各地の農家・漁師を訪ねるほか、エゾシカや昆布の関連団体にも参加し活動中。文章や写真のほか、動画制作やグラフィックデザインなど、使える手段を駆使して、北海道食材の魅力を伝えることを目指しています。
長沼町は新千歳空港からのアクセスが便利! 滞在地にこのエリアを選ぶのもオススメです。