旧街道沿いを抜けると辿りつく涼しげな木陰
香川県のほぼ真ん中に位置する坂出(さかいで)市。八十八(やそば)駅から電車を降りて、西庄町に広がる田園風景を横目に歩いていくと、四国霊場第79番札所天皇寺がありました。天皇寺は白峰宮と隣接しており、寺とお宮が隣り合う、霊場の中でも珍しい場所です。そこからさらに歩くこと2分、草木が生い茂り、水の流れる音が響いてきました。ひんやりと涼しい木陰にところてん茶屋「清水屋」があります。
家庭で楽しめる清水屋の「ところてん突きセット」
清水屋は250年ほど前からこの場所でところてん茶屋を営んできました。清水屋の営業は4月から11月まで。夏場には避暑地として涼みに、ところてんを食べに行くのが恒例となっている地元のお客さんも多いようです。
今回ご紹介するのは、この清水屋の「ところてん突きセット」。ヘルシーでつるっとおいしい清水屋のところてんが気軽にご自宅で味わえます。
古くから言い伝えられる八十八の伝説
清水屋の近くから湧き出る清水には古くからの言い伝えがあります。今からおよそ1900年前に「悪魚退治」という伝説が残ってるのです。瀬戸内海を暴れまわっていた悪魚を退治しようとして、悪魚の毒にやられた日本武尊(やまとたける)の御子である讃留霊王(さるれお)と88人の兵士が、やそばの水を飲んだことで蘇生したことが伝えられています。それ以来、この湧泉は、「八十八(やそば)の清水」と呼ばれるようになりました。
伝説に残るように、八十八にはきれいな水が流れていたこと、昔は今よりも近くに海岸線があり、天草が採れたことから自然にところてん造りがはじまりました。旧街道沿いに位置し、最寄りに四国霊場第79番札所天皇寺があることから、お遍路の休憩所として、夏には避暑地として、地元の人や旅行く人が立ち寄る場所となりました。
200年以上続く一子相伝の伝統製法
茶屋を訪ねると、出迎えてくれたのは8代目の筒井雄一郎(つついゆういちろう)さん。子どもの頃から家業は身近なもので、店に遊びに行ったり、ところてん造りを手伝ったりしていたそうです。家業を継いだのは2018年。清水屋では筒井さんのほか、3名の製造スタッフがいますが、ところてん造りの奥義や秘法は、子にのみ伝える“一子相伝”で伝承し続けてきました。
「ところてんは子どもの頃からずっと食べてきたので、その食感を目標にして作っています。製造に携わり始めて10年以上になりますが、ようやく最近ところてんのことが分かってきたように感じます。初めの頃は、硬く仕上がって『これじゃ寒天や』と怒られたこともありました」。ところてんは釜での炊き加減で、食感や香りに繊細な変化があり、その塩梅が難しいのだと言います。
昔ながらの製法で手間暇かけるところてん造り
ところてんはどのように作られているのでしょう。まず、採れたままの天草は色が赤いのが特徴。砂利がついていたり潮の匂いが残っていたりするので、真水で洗って干し、また洗って干しを繰り返して、黄色っぽくしていきます。その工程が済んだら、天草を釜に入れ、ぐつぐつ炊いて煮汁をとって固めます。火加減やブレンドによって仕上がりの食感が変わるのです。天草の赤みが残っていると臭みが残ったり、洗い干す工程が多すぎても粘りが取れてしまったりと加減の難しさがあります。
伊豆や牟岐で春一番に採れた天草を主に使用
ところてんの原料にもこだわりがあります。天草は国産のみを使用。昔は近くの海で採れた天草を使用していましたが、海女さんが減ったことや品質の追求を理由に、今は静岡県の伊豆と徳島県の天草をブレンドしているのだとか。天草はワカメのように一番草、二番草、三番草と収獲時期によって等級がつき、清水屋では主に春一番に手摘みした粘りが強いものを厳選して使っています。ところてんを炊いた時に出る粘りは、天草が生息する深さによっても変わるのです。「海女さんが素潜りで採った天草は粘りが強く、海中でちぎれて沖に流れついた天草は、波に耐えられなかったものなので粘りが弱いんです」と筒井さん。
天突きで麺状のところてんに
完成した長方形に固められたところてんは、木製の「天突き」(ところてんを麺状にする専用の道具)に入れて押し出します。勢いよく押し出すのが、綺麗な麺状にするコツ。スーッと麺が押し出されていく様子を見ていると食欲がそそられます。自分で突いて食べると、おいしさも倍増することでしょう。
酢醤油、黒蜜、ゆず蜜、ごまダレ…アレンジはさまざまに
取材当日は辛子酢醤油でところてんをいただきました。タレは同じ坂出市にある鎌田醤油のぽん酢醤油を使用しており、ほのかな酸味と醤油のうま味を感じる味わい。湧き水のせせらぎを聞きながら、冷えたところてんがつるっと喉元を通り過ぎ、体を涼ませてくれました。筒井さんのおすすめはうどんのめんつゆをかけ、刻み海苔をふる食べ方。きな粉をまぶし黒蜜をかければ、甘味としても楽しめます。清水屋ではごまダレ味やゆず蜜味もあり、幅広いアレンジができることを知りました。さまざまな醤油で食べ比べてもおもしろそうです。
季節感と涼しさを届ける
コロナ禍でも大打撃は受けず地元の人が足しげく通っていたという清水屋。取材当日は平日の午前中だったにも関わらず、お客さんが次々と来店する様子が印象的でした。
「これからも、清水屋のところてんの味を繋いでいくことが大事だと考えています。真夏の釜炊き作業は暑くて過酷なんです。でも、お客さんがところてんを食べて涼しそうにしているのを見ることで、頑張ることができます」と筒井さんが話してくれました。「暑くなってきたから、清水屋のところてんを食べに行こうか」と出かける文化はなんと風流なんだろうと、清水屋の木漏れ日の中でお話を聞きながら感じ入ってしまいました。季節感や涼を届けに、今日も汗を流しながら天草を炊き続ける筒井さん。暑過ぎる夏に、よく冷えたところてんをすすれば、八十八のせせらぎが聞こえてきそうです。
四国支部(香川県坂出市担当) / 坊野 美絵(ぼうの みえ)
大阪生まれ。旅で訪れたことをきっかけに、2013年に香川県小豆島に移住。現在は文と写真で魅力を伝えることを大切にライターとして活動しています。香川県を中心に観光・医療・事業承継・農業などテーマはさまざまにインタビュー記事を執筆。私生活では暮らしに根ざした手仕事を、少しずつ実践していくことを楽しんでいます。
四国の玄関口となる坂出市。電車から眺める夏の青空と田園風景がなんとものどかでした。坂出はサヌカイトが有名で、地元では石垣に使われるなどして身近であることを感じました。