「木の国」和歌山の老舗が作る木製靴ベラ
県の面積の4分の3以上を森林が占める和歌山県はかつて、木の神様がすむ「木の国」を意味する「紀伊国(きいのくに)」と呼ばれていました。和歌山市内にも、木の恵みを活かし、一昔前まで家具屋や木工所が多かったといいます。そんな和歌山市からお届けするのは、橋口木工所が丹精を込めて作る木製の「ロング靴ベラ」。1本1本手作業で仕上げる靴ベラは滑らかで手に馴染みやすく、ロング丈なので屈まずに使用できるすぐれものです。
ロング靴ベラを製作する橋口木工所は、和歌山市のJR宮前駅近くの住宅街にあり、昔と変わらないレトロな佇まいです。1950(昭和25)年に運送屋として創業し、1955年には家具脚の挽き物事業に着手しました。ちょうど戦後の高度経済成長期で、各家庭が家具や家電を買い求めた時代に、大手家電メーカーのこたつ脚やテレビ脚を製造。現在は、木を加工する技術を活かし、挽き物のほかに建材、漆器、弁当箱などを手がけています。
木材加工の職人たちの技が光るロング靴ベラの特徴を伺いました。
1本1本磨き上げる熟練職人の技
ロング靴ベラの製造工程は機械作業と手作業に分かれます。使用するのは「シデ」という比較的柔軟性のある木材。橋口木工所では靴ベラにのみ使われています。加工する前の木材は、これが靴ベラに生まれ変わるのかと驚くほど普通の四角い木の板ですが、機械で靴ベラの形に加工した後、手で磨く作業に入ります。
橋口木工所のロング靴ベラの特徴の1つは、持ち手が山型になっていること。通常の靴ベラは持ち手が平らになっていることが多いですが、橋口木工所のロング靴ベラは握りやすい山型になっており、先端にかけて美しく湾曲しています。機械加工したばかりの持ち手は尖った山型ですが、これを握りやすい角度と滑らかさになるよう手作業で微調整していきます。さらに、厚みがあるのも特徴。シンプルですがこの山型の厚みのおかげで立てたときに重厚感が感じられます。
橋口木工所の職人は、元々大工仕事などで木材加工に携わってきた人たちだそう。平均年齢60歳以上のベテランが勢ぞろいしています。木の扱いに慣れた職人たちが長年培った感覚で研磨し、形を整えることで、手足に馴染む靴ベラへと生まれ変わります。
最後に本仕上げの研磨を行います。研磨前と研磨後の木を触ってみたところ、滑らかさが全然違いました。木材特有のギザギザ感が全くありません。ストッキングを履いて靴ベラを使う時に、引っ掛かりがなく安心して使えるのが特徴です。
また、この研磨で頭の部分の最終的な丸みが決まります。削りすぎると全体のバランスが崩れるので調整が難しく、職人さんたちの長年の勘と技術があるからこそ、この美しい曲線美を描くことができるのです。「バランスの取れた美しい形が自慢です」と品質管理に携わる橋口さんも話します。
立ったまま使えるロングサイズ
橋口木工所のロング靴ベラの最大の特徴は、屈まずに立ったまま使える点です。一般的な靴ベラは40〜50センチのものが多いですが、こちらの長さは約74.5センチ。腰を屈めずに使えるので、ご年配の方も足腰を痛めることなく楽に靴を履けます。実際に使用してみたところ、かかとの丸みに自然とフィットし、立ったままスムーズに靴が履けました。靴に足がスッと吸い付いていくような感覚です。
台座付きなのでサッと取り出しやすく、玄関に置いても違和感のないスタイリッシュなインテリアとしても役立ちます。「シックなデザインがいい」「木のぬくもりがある」とデザイン面でも好評です。
買っていただいた方に感謝を込めて
こたつ脚などの挽き物を作っていた橋口木工所がなぜ靴ベラを作り始めたのか。橋口和雄(はしぐちかずお)さんにいきさつをお伺いしました。「実は以前ボディブラシの柄を製造していた頃、大阪の問屋から『これが作れるなら靴ベラも作れる?』と聞かれたことがきっかけで10年以上前から靴ベラを作り始めました」と橋口さん。
その後、機械化とプラスチック化が進み、100円ショップでも靴ベラが買える時代になりましたが、職人がこだわって作っている商品だからこそ「最初にふるさと納税で買ってくれた時は電話をかけてお礼を言いたいぐらい嬉しかった」そうです。「買っていただいた先で気に入ってもらえると嬉しい」と笑顔を見せてくれました。
和歌山市の、古き良き町工場に思いを馳せて
最後に、仕事に対するこだわりをお伺いしました。返ってきた答えは一言、「とにかくよいものを作ること」。よいものを作って気に入ってもらえれば長く使ってもらえる。そのために職人が丹精を込めてものづくりをしています。ぜひ、その使い心地を感じるとともに、ベテラン職人たちがこだわりを持って作業する和歌山市の古き良き町工場に思いを馳せてみてくださいね。
近畿支部(和歌山県和歌山市担当) / 小山 志織(こやま しおり)
紀南在住。県外の大学卒業後、和歌山にUターン。和歌山を拠点にしつつ旅するライター&エッセイストとして旅で得た経験などを元に執筆活動をしている。地域の情報発信にも関心があり、県内の取材に出かけることが多い。書くことが好きで、自分自身が地域の魅力を知りたい!という気持ちで取材執筆しています。
実は和歌山市は、木工、漆芸、金属加工、繊維などものづくりの会社がたくさんありますよ!