ブランド鮭を原材料にした「銀聖山漬け」
北海道日高沖は、日本海を北上する対馬海流から分かれて津軽海峡を抜けた津軽暖流と、北海道東部沿岸を南下してくる親潮(千島海流)がぶつかる好漁場。その沿岸に位置する様似(さまに)町は、鮭やマスのほか、ツブやタコ、カレイなど、味の乗った多くの魚介類がそれぞれの旬に楽しめる漁業の町です。
そんな様似町で、古くから漁師の保存食として作られてきたのが、鮭の山漬け。中でも、この地方で獲れる鮭のうち、魚体サイズなどが基準を満たしたピカピカの銀毛鮭に付けられるのが「銀聖」のブランドタグ。その割合は100本に5本とも言われます。北海道でもトップクラスの人気と知名度を持つ「銀聖」を使った「山漬け」、そのこだわりとおいしさに迫りました。
自ら網元として鮭を獲る兄弟
様似町の東に位置する冬島(ふゆしま)地区には、ユネスコ世界ジオパークにも加盟している「アポイ岳ジオパーク」の中心、アポイ岳がその穏やかな稜線を覗かせます。季節になればその山頂付近から、海上に展開する広大な定置網の全貌が、あるいは見られるかもしれません。
その冬島で代々続く漁師の家に生まれ育ったのが、坂本雅彦さん(右)と悠さん(左)の兄弟。兄の雅彦さんは、有限会社坂本水産で鮭を獲る定置船「第五十八宝漁丸」の船長として舵を握り、弟の悠さんは有限会社マルヤ海産の社長を務めています。鮭が大好き!と人懐っこく笑う悠さんは、山漬けのおいしさをもっと多くの人に知ってほしいと語ります。
「銀聖」というブランド
「銀聖」は、日高定置網漁業者組合が2000年からブランド化を始めた鮭で、日高沖産の銀毛鮭の中でも特に銀色に光り輝く3.5kg以上の魚体サイズのものに限り、ブランドタグが付けられます。銀毛鮭とは、産卵のために川へ遡上し始める前の、婚姻色(体表に現れる赤や黒の斑紋)が出ていない銀色の魚体の鮭です。「銀聖」ブランドの知名度は北海道トップクラスで、現在は全国的にも知られるようになりました。
私見ですが、身に厚みがあることにより、「銀聖」は一般の鮭に比べて、山漬けに加工したとき一層しっとりと仕上がっているように感じられます。近年は鮭全体の漁獲量が減っているため、「銀聖」は特に希少な存在。ぜひ味わっていただきたいですね。
手間を惜しまず、決め手は絶妙なタイミング
山漬けの最大の魅力は、塩蔵、風乾という過程での熟成だと悠さんは言います。9月から11月にかけての定置網漁で漁獲した鮭のうち、「銀聖」の基準を満たした鮭を選別。塩をたっぷりと施した鮭を室(むろ)の中で山のように積み上げ、上下を入れ替えながらじっくり2週間ほど漬け込んでいきます。
その後、水に浸けてほどよく塩抜きをするのですが、「このタイミングで味が決まるんです」と悠さん。絶妙なタイミングの見極めが、受け継がれた伝統の技だと言います。仕上げは寒風干し。ここでうま味がぎゅっと凝縮して、味わいが深まるのです。豪快に思われがちな漁師の食文化ですが、そのさじ加減はとても繊細なものでした。
その美しさはまるで生ハム
実際に「銀聖山漬け」を切ってみると、鮮やかな朱色が目に飛び込んできました。「これは絶対おいしいものだ」と、脳が各器官に一斉に指令を出します。その緻密でなめらかな身質は、生ハムのよう。製法を考えると、燻す前のスモークサーモンにも近いように思います。
そのままかじりつきたくなる欲求をこらえて、切り身を魚焼きグリルへ。水分が少ないので、生魚よりも火が通りやすい山漬け。少し弱めの火力で、焼きすぎないよう様子を見ながら、お好みの焼き加減を探ってみてください。
熟成のうまさ、オススメはお茶漬け!
坂本兄弟におすすめの食べ方を聞くと、口を揃えて「お茶漬け!」と教えてくれました。物心ついた頃から大好きな鮭を食べ続けている二人が言うのだから、間違いないのでしょう。
早速、様似町産の昆布のだしを引き、白飯に焼き上がった山漬けをオン。様似町に自生するアサツキが良い時期だったので、お茶漬けの薬味に少し散らし、だし汁を回しかけます。鮭の香ばしさを昆布のほのかな香りが包み込み、焼いただけの山漬けよりも、はるかに食欲をそそります。山漬けの少し強めな塩気がうま味と一緒に汁に溶け出し、昆布のグルタミン酸との相乗効果でうま味が何倍にもアップ! 夢中でかき込み、気がつけば丼は空になっていました。何杯でも食べたい、食べられる!という気持ちになってしまう「銀聖」山漬けのお茶漬け、恐るべし。
もっと漁業を知ってほしくて始めた乗船ツアー
鮭が大好きな坂本兄弟のコンビネーションが、北海道の漁業に新たな風を吹かせています。大学で海洋を学び、漁業関連団体の職員として北海道各地の浜を見て回った悠さんは、兄の雅彦さんと密に連絡を取り合いながら、二人で何ができるか作戦を練り続けました。
そして悠さんが様似町に戻ると、一般客を定置網漁船に乗せるために必要な資格を取得し、2019年から、漁師とともに定置網漁をひと通り体験できる「漁師体験」事業をスタート。SNSを中心に参加者を広く募り、たくさんの人が感動の言葉を口にしたそうです。2021年には、新築したオフィスの1階に、体験参加者が下船後に利用できる食堂を整備し、飲食業の許可も取得しました。
鮭が大好きだからこそ考え続ける
「うちは水揚げではいつも地域で二番手」としながら、「一番じゃないからこそ、考えて動くことを大切にしています」と悠さんは言います。「鮭が本当に大好きなんです。鮭自体がカッコイイし、鮭を獲る船も好き。他の人たちの網を見るのも好きだし、川も、ふ化場も好き。漁師にもいろいろな人がいるから、鮭を獲っている人と話すのが一番好きですね」と悠さん。「何やっても正解、不正解はありません。まだまだ勉強することがいっぱいある。だからおもしろいんです」と二人は顔を見合わせて笑いました。
兄弟タッグで、新しい取り組みに向けて常に考え続ける坂本兄弟。こんな人たちがいるのだから、漁業はまだまだおもしろい方向に発展していくのでしょうね!
北海道支部(北海道様似町担当) / 佐々木 学(ささき まなぶ)
北海道食材探検家、広報プランナー。「北海道食べる通信」編集長として各地の農家・漁師を訪ねるほか、エゾシカや昆布の関連団体にも参加し活動中。文章や写真のほか、動画制作やグラフィックデザインなど、使える手段を駆使して、北海道食材の魅力を伝えることを目指しています。
父の生まれ故郷である様似町は、多くの可能性を秘めた魅力ある大好きな町です!