山間の合掌造り集落で生み出されるギター
富山県の南西部に位置する南砺市五箇山(なんとしごかやま)。自然豊かなこの地域は、ユネスコの世界遺産として登録されている「合掌造り集落」のある場所として知られており、その光景は「日本の原風景」とも呼ばれています。日本のみならず海外からも多くの観光客が訪れる、富山県の人気観光スポットです。
多くの雪が降り積もる五箇山地区では厳しい自然環境に耐えうるよう、急勾配の茅葺屋根を持つ「合掌造り」の家が多く建てられています。冬の時期、外へ仕事に出ることは容易ではなかったことから、昔は屋根裏で養蚕を、地下では火薬の原料である塩硝を製造する家内制手工業が盛んに行われていました。
オールハンドメイドにこだわる職人親子
五箇山・相倉合掌造り集落のすぐそばに、ギター職人・辻四郎(つじ しろう)さんが営む「辻四郎ギター工房」はあります。こちらの工房で作るギターはすべて、オーダーメイドが基本。ボディ表面が緩やかなアーチ状を描き、主にジャズやブルースに使われる「アーチトップギター」や、表面が平らな「アコースティックギター」の制作・販売・修理を行っています。
辻四郎さんと息子の隆親(たかちか)さん。長きにわたり四郎さんの手仕事のみで制作を行っていましたが、2016年ごろから、隆親さんが「父のギターブランド『S.Tsuji』の名を残したい」と制作に参加。現在、四郎さんのもとでアシスタントをしつつ、ギター制作の技術を学んでいます。
理想のギター制作を追求し、五箇山の地へ
五箇山で生まれた四郎さんは、15歳の時に「木を扱う仕事に就きたい」と集団就職で京都へ行き、楽器メーカー「茶木弦楽器製作所」に就職。先輩の仕事を見ながら技術を覚え、入社2年目からは一人で修理を行えるようになっていったといいます。
当時、会社での仕事はもっぱらギター修理全般でしたが、修理の技術を突き詰めるうち制作の方へと興味が湧いていったと四郎さんは振り返ります。理想的なギター制作を手掛けたいという思いが強くなっていき、28歳のとき結婚をきっかけに五箇山へ戻り、自身の工房を構えました。
湿度の高さは木にとって大敵です。それでも四郎さんは、雪深い五箇山の気候の中でもしっかりとしたギター制作をしなければと研究を重ねました。試行錯誤の結果、湿度の中でも割れや反りのない、強いクオリティを保ったギターの制作法を編み出していきました。
今年でギター制作を始めて59年目となる四郎さん。今や日本のみならず、世界に知られるギターの名工として五箇山の地にこだわりながら、心静かに制作を続けています。
美しい曲線を描く「アーチトップギター」
材質、形、色など、細かいところまですべてオーダーできるのが「辻四郎ギター工房」の特徴です。ただ、2人で多くの工程を積み重ねながら制作するギターは、2カ月弱で3本仕上げるのがやっとだそう。
アーチトップギターの緩やかなアーチを描く表面は、1枚の板を3つのかんなを使い分けながら削っていくそう。板の厚さを少しずつ変えながら、音の伝わり方を調整していきます。辻さんが持つ長年の感覚だけが頼りです。
オーダーにしっかり沿うことがやりがい
「品質の下がらない良いものをただずっと、求めていきたいと思っています」と、四郎さん。「注文主に完成を伝えると、すぐに返事をくださる方が多いんです。きっと皆さん、楽しみに待っていらっしゃるんですよね。お客さんによってはややこしい注文の仕方もありますよ(笑)。ただそれをすべてクリアできたとき、そしてお客さんが喜んでくれたときにやりがいを感じます」とも。奇をてらうことなく、高い質を求めながらひたすら手を動かし作り続ける姿勢は、まさに職人の鑑だと感じました。
息子の隆親さんも「うちは金属部分以外ほとんど、パーツまで作っています。同じものを大量に作ろうと思えば作れるのですが、オーダーによって細かく違ってくるので、それに合わせるとなるとどうしても時間がかかってしまうんです。まだ修行中ですが、早く1本丸ごと作れるようになりたいです。今は富山の木材をはじめ、真鍮や螺鈿細工などさまざまな富山の材料や伝統工芸の技を用いたウクレレ制作も企画しています。この工房から日本だけでなく、世界に向けていいものを発信できたらいいですね」と話してくださいました。
世界中にファンを持つ、辻さん親子が作るアーチトップギター。磨き抜かれた技術で作られるギターは演奏者のみならず、きっと聴く人をも魅了するのだろうと確信しました。