筆の都で伝統の持つ「らしさ」と新らしさを両立「晃祐堂」
広島市中心部から車で約30分。四方を山々に囲まれた盆地の町、熊野町。古くは江戸時代末期頃から筆づくりが行われていました。現在は書道筆、画筆、化粧筆のいずれも全国一の生産量を誇る「筆の都」として知られています。
町には筆の生産業者が100社余りあり、人口約24,500人の10分の1にあたる2,500人ほどが、何らかの形で筆づくりに関わっているといいます。そんな熊野町で、古来より伝わる熊野筆の伝統を守りつつ、穂先がハートの形をした「ハートの化粧筆」など独創的な筆づくりでも注目を集める熊野筆メーカーが「晃祐堂(こうゆうどう)」です。
広島を代表するお土産物として誕生した化粧筆「凛」
その晃祐堂が2015年、満を持して取り組んだのが、熊野筆で広島を代表する土産物を作ること。広島県内の企業や団体に協力を呼びかけ、広島が誇る匠の技を結集した化粧筆セット「凛」が誕生しました。
軸の製造を依頼したのは書道筆でもタッグを組む、広島県廿日市市に工場を構えるイワタ木工。広島県廿日市市といえば、西日本有数の木材専門港を抱え、古くから「木のまち」として知られる地域。けん玉発祥の地としても知られていますが、イワタ木工は世界のけん玉プレイヤーが憧れるけん玉を製造する木工品メーカーでもあります。
そのイワタ木工が0.数ミリという驚異的な精度の技術を駆使して加工した筆の軸は、手触り、持ちやすさはもちろんのこと、穂先との連動性も高く、化粧筆の使い心地をさらに高めてくれます。
また肌にあててもチクチクしないよう、穂先の製造において必ず守っていることがあるといいます。それは、不要な毛を取り除くこと。高級とされる動物の毛であっても、悪い毛が混じってると肌当たりは悪くなります。そのため、毛先をカットしないのはもちろんのこと、長さが足りなかったり縮れていたりする毛を徹底的に取り除くのです。1kgの原毛があったとして、使われるのはその60%?70%程度。全て手作業なので大変ですが、その手間は惜しみません。書道筆でも筆の良し悪しを決める筆先の毛は「命毛(いのちげ)」と呼ばれているそう。原毛の選別という基本的な作業を怠らないことが、極上の使い心地に大きく貢献しているのです。
化粧筆の可能性を広げた「かわいい」という世界観
今でこそ、国内外のメイクのプロから高い評価を得ている晃祐堂の化粧筆ですが、化粧筆分野に参入したばかりの頃は作っても作っても売れない状況が続いたといいます。「書道筆づくりで培った技術を駆使して、とにかく品質の良い化粧筆を作れば売れるだろうと考えていたのですが、これが全く売れなかった。作ることに関してはプロだけど、売ることに関してはど素人だった」と取締役社長の土屋武美さんはいいます。「売れるにはどうすればいいのか」。試行錯誤を重ねる中、中国経産局主催の「カワいいモノ研究会」に参加する機会を得た土屋さんは、そこで「人間は本能的に『かわいい』ものに近づいていく」という特性があることを学び、パッケージや売り場のデコレーションも含めて世界観をつくることの大切さに気づきます。
「それからは筆を作ったら終わりではなく、パッケージや売り場の空気感までプロデュースするようになりました」。その後、土屋さんは「使うときの楽しさ」「かわいい」をコンセプトに、使うお客様のイメージによってブランディングしたオリジナル商品を次々と開発。中でも穂先がハートの形をした「ハート」シリーズは販売実績100万本以上の人気シリーズに成長しました。
化粧筆の使い心地を支えるのは書道筆作りで培った高度な技術
これまでの筆業界にはなかった着目点で新たなマーケットを作り、躍進を続ける晃祐堂ですが、それはあくまで書道筆作りで築き上げた卓越した技術があってこそ。
「熊野で書道筆も化粧筆も作っている会社って実は珍しいんです。筆といっても2つの筆の作り方は工程数一つとっても全く別物なんです。だから大体はどちらかに集中している。でもうちは書道筆を作りつつ、化粧筆も作っている。しかも書道筆ならではの高度な技術を流用することで、書道筆のクオリティに近い化粧筆を作れているという点が、多くのお客様に評価されているのだと思います」
例えば、穂先には最高級の灰リスの毛と山羊毛という2種類の毛を使用していますが、実はこの2種類の毛を使うのは、書道筆でよく使われる技法なんだそう。灰リスの柔らかい毛を毛先に使い、根元には硬く弾力のある山羊毛を使うことで、肌に当てるとほどよくしなり、吸い付くようなフィット感が生まれるのです。
写真は不要な毛を取り除き、整えられた穂先を自動結束機という機械を使ってまとめているところ。素早い手さばきで次々と穂先が作られていきます。
「心地いい」をいかにつくるか。機械の力を上手に借りながら、最後は人の目と卓越した技術によって品質をまもる。それが創業以来、晃祐堂がこだわり続けるポリシーです。
広島の匠の技から生まれる極上の使い心地を味わって
そんなこだわりを持って作られた「凛」は、2016年に広島で開催されたG7広島外相会合の政府代表団のお土産物に採用されるなど、国内外から高い評価を得ています。
「肌にひと載せするだけで、いつもの仕上がりとの違いを実感できますよ」と土屋さん。広島の匠の技を結集し、作り上げた化粧筆は使い心地も抜群です。毛穴一つひとつに吸い付くようなフィット感を、ぜひあなたの肌でも体感しください。
中国支部(広島県廿日市市担当) / イソナガ アキコ
広島県廿日市市在住。本とビールと、海が見える屋上が好き。少しゆるめの筋トレで心と体を鍛えつつ、瀬戸内のユニークなスポットと人をもとめて、自分史上最高にアクティブに稼働中。一次情報だけでなく、その奥・先にある魅力をお伝えできるような記事を心がけています。
海あり、山あり、世界遺産あり。ほどよく街で、ちょっと田舎。そんな廿日市の魅力をたくさんお伝えできたらと!