日本酒の銘柄「龍神丸」で名高い有田川町の酒蔵
温州みかんのブランド「有田みかん」の産地として有名な和歌山県有田川町。その名の通り、弘法大師空海が開創した仏教の聖地である高野山を源流とする「有田川」が町を貫流しています。このまちで営む「高垣酒造」は、銘柄「龍神丸」をはじめ、約30種類の日本酒を醸造する老舗の酒蔵です。
今回の返礼品は、そんな高垣酒造からお届けする銘柄「紀ノ酒」。紀の国・和歌山らしい名前が付けられた逸品は、ふわりと豊かな香りで、サラッとした滑らかな口触り、まろやかなコクが癖になり、「あとちょっとだけ...」と思いつつ、ついつい空になるまで飲み進めてしまうおいしさです。
早月渓谷から湧き出る「空海水」を仕込み水に
「高垣酒造」が誕生したのは、1840年。有田川上流にある早月渓谷の湧き水は、弘法大師空海が発見したと言われており、いつしか人々の間で不老長寿の「空海水」と呼ばれるようになりました。初代の高垣又右衛門(たかがき またえもん)さんがこの水に惹かれ、仕込み水として酒造りをはじめ「高垣酒造」を創業したそうです。
1926年に建てられた主屋は、登録有形文化財に登録されています。私が訪れた日は、朝から仕込みの真っ最中。趣ある日本家屋の上に、日本酒の原料となる米を蒸した際の蒸気がもうもうと立ち昇っていました。
亡き夫の後を継いで、酒造りと母親業を両立
出迎えてくれたのは、高垣酒造株式会社の代表取締役で9代目杜氏である、高垣任世(ひでよ)さんです。任世さんは、8代目杜氏である淳一(じゅんいち)さんの妻。2010年8月に淳一さんが急逝し、「代々続く酒造りを絶やしてはいけない」との思いから、任世さんが同年9月に後を継ぎました。
任世さんは淳一さんのサポートとして経理を担当していたものの、酒造りは全くの未経験。しかも当時は、中学生と小学生になる3人の子を持つ母親でもあり、酒造りと母親業の両立に奮闘する日々だったといいます。
「最初の3年間は、県内の各蔵元で技術指導をされている方に教わって酒造りをしていましたが、実働はほぼ一人。早朝4時に起きて子どものお弁当をつくり、酒造りから配送に至るまでの全業務の合間を縫って、子ども3人分の送り迎えをして。気付いたら車の年間走行距離は地球1周分を超えていたんですよ」と、想像を絶する苦労! しかし、任世さんはその苦労を感じさせないほど、軽やかな笑顔で話してくれました。
全銘柄、小仕込みで路地放冷。少量かつ手作業を徹底
「高垣酒造」の特徴は、ミネラル豊富で上質な早月渓谷の湧き水を使用していることにとどまりません。酒蔵見学に訪れる酒好きたちを最も驚かせているのは、全銘柄に対して、小仕込みで「路地放冷」を行っている点です。簡単に言うと、蔵人の目の行き届く少量で、全ての工程を機械ではなく手作業で行っているのです。
路地放冷とは、日本酒の原料となる蒸し米を冷ます手法の一種。ベルトコンベアや放冷機を用いて一度に大量の蒸し米を扱うのではなく、手作業で少量ずつ素早く広げて冷ましていきます。かなり手間のかかる作業ですが、こうすることで表面の粗熱だけでなく、一粒一粒内部まで均等に温度を下げることができるため、より極め細やかな味わいの上質な酒を醸造できるそうです。
麹造りは幼い子どもの看病のようなもの
その後、麹室(こうじむろ)と呼ばれる温度約32℃・湿度約60%の部屋に蒸し米を移動させます。蒸し米を再び広げ、種麹(たねこうじ)を均等に振りかけ、温度が下がらないように布で包み、麹菌を育てていきます。
「一度包んだあとは、このまま麹菌が育つまで待つのですか?」と尋ねた私に、任世さんはふふっと笑って、数字がびっしり書き込まれた手書きの紙を見せてくれました。そこに書かれていたのは、1?2時間おきに温度や湿度を計測し、24時間かけて麹菌がうまく繁殖しているかを随時確認している記録でした。
「麹は、言わばインフルエンザにかかった幼い子ども。ちょっと目を離した隙に状態が変わってしまうので、常に確認する必要があるんですよ」と教えてくれました。この寝る間を惜しむような作業を、冬の間、2日に1度のペースで続けているというから驚きです。
間も無く完成を迎える別の麹を覗かせていただくと、その表面には粉雪がかかったような菌糸がふわり「ちょっと食べてみませんか?」と任世さんから受け取った麹を噛み締めると、後味がほんのり甘く、どこか甘栗を思わせるような優しい味でした。
その後も、酒母造りや、醪(もろみ)を造る仕込み、発酵、搾り、濾過...とさまざまな工程を進めていきます。どれもが少量で手作業。特に温度が肝心となる仕込み作業は時間との勝負となるため、肌で適温を覚え込み、五感を使って最適な状態を即座に見極める職人技が必要不可欠となります。
このように丹精込めて造られる「高垣酒造」の日本酒は、1つの銘柄を仕上げるのに約50日かかるそうです。びん洗いやびん詰めなどもあるため、商品として世に出回るまではさらに約2カ月かかるのだとか。
酒造りで一番大切なのは「和醸良酒」
「この醸造工程は本来、大吟醸や純米大吟醸など価格の高い日本酒の醸造に用いられる手法なんです。だけど、私は短期間で技術を覚える必要があったから、一番良いお酒の造り方だけを習得したので、結果的にこれが『高垣酒造』の今のやり方になったんです。こうした手法も大切ですが、酒造りで何より大事なのは『和醸良酒(わじょうりょうしゅ)』。酒造りに関わる人たちの気持ちが通じ合って快く働ける“和”の環境が、良質なお酒を醸し出すという意味の言葉です。これは酒造りだけでなく、全ての仕事に言えることかもしれませんね」と言って任世さんは笑みを浮かべました。
技と手間、そして想いがたっぷり詰まった高垣酒造の日本酒。ぜひ、じっくりと味わってみてくださいね。