米どころ、大田原市で今に受け継がれる竹芸
栃木県北東部に位置する大田原市は県内屈指の米どころとして有名です。日本有数の鮎の漁獲量を誇る清流・那珂川(なかがわ)と箒川(ほうきがわ)に囲まれ、美しい田園風景が広がります。その大田原市で盛んなのが、「竹工芸」。著名な竹工芸作家が大田原市で活躍したこと、竹林が多いことなどから現在も多くの人が竹芸に携わっています。
大田原市のお礼の品になっている「スーパーかご」も、長年、竹工芸に携わる職人・斎藤正光さんが手がけたもの。竹の風合いを生かしたナチュラルな質感や光沢、手触りが魅力で、幅の広い竹を使ってしっかりと編み込んでいるので耐久性に優れており、普段のお買い物にもぴったり。長く使える逸品です。
今回はそんな斎藤さんが営む店舗兼工房「無心庵」にお邪魔し、竹工芸の魅力をたっぷりお聞きしました。
竹の魅力を広める、店舗兼工房「無心庵」
遠くに見える山々、そして田園風景を背負うようにして佇むのが、「無心庵」。年季の入った杉板の外壁、玄関脇に飾られた竹のオブジェが風情を誘います。
店内に入って、まず驚かされるのは竹製品の数の多さ。ランプシェードやカゴといった大きなものから、指輪やブローチなど小さなものまで、天井や壁、棚に飾られている数えきれないほどの製品を目の当たりにすると、これまでの「竹」へのイメージが一瞬にして覆され、多彩な顔を持つ竹への期待感が膨らんでいきます。
小学校4年、師匠との出会いが竹工芸への始まり。
斎藤正光さんが竹と出会ったのは、小学4年生の時。新聞配達をしていた斎藤さんが、たまたま大田原市の竹工芸の第一人者、故・八木澤啓造(やぎさわけいぞう)さんの工房の前を通りかかった折、「遊びにおいで」と声をかけられたのが始まり。遊びに行くうちに自然と技術を身に着けました。中学、高校生では師匠の元でアルバイトをするまでに腕前が上達。那須や鬼怒川、日光など栃木県の観光地で土産物として販売するブローチなどの装飾品の製作に没頭しました。
その後、25歳で独立し、約22年前に無心庵をオープンした斎藤さん。竹工芸歴はなんと半世紀に及びます。「製作に夢中になると時間を忘れちゃう。それは50年経っても変わらないね」。竹は弾力性や美しい光沢があり、丈夫なのが特徴。それを最大限生かした製品作りに日々、没頭しています。
竹の個性を見極めるのは、半世紀で培われた研ぎ澄まされた感覚
1つの竹製品が完成するまでには多くの作業が必要となります。まずは一本の竹を何回も割いて棒状にします。製品によって、使う竹の厚さや幅が異なるため、カンナのような刃物で削って薄くすることも。「厚すぎるとカーブが上手に出なかったり、逆に薄すぎるとふにゃふにゃになったり…。微妙な差を見極めるのも自分たちの仕事。それから、竹は自然のものだから硬いのもあれば、柔らかいものもある。どの竹がどの製品にあうかも見極めなくてはならない」と斎藤さん。半世紀、一心に竹と向き合ってきたからこそ育まれた、研ぎ澄まされた感覚で、異なる竹の個性を見極めます。
美しさの決め手となるのは、一つひとつ異なる竹の表情
さて、竹芸はここからが見せ所。「編み方はそんなに種類が多いわけではない」という斎藤さん。重要なのは、それをどう「魅せていくか」。
とくに、美しさの決め手になっているのが、一つひとつ異なる竹の表情。種類の違う竹を組み合わせたバッグ、竹のしなやかさを利用したランプシェードなど、無心庵に並んだ竹製品は、うっとりするようなものばかり。ここにいると、竹の無限の可能性を感じずにはいられません。
「美」と「用」が融合した“今、必要なもの”を作り続ける
「大切なのは『美』と『用』を兼ね備えたものであること」というのが斎藤さんのモットー。デザイン性はもとより、時代のニーズに即した「使われるもの」でなければいけないといいます。それを具現化した製品が、無心庵にもありました。例えば、竹で作った「コーヒードリッパー」、“おひとり様”向けの「茶こし」です。
それから、今回の返礼品である「スーパーかご」もそのひとつ。箱型の買い物かごと似た形のスーパーかごは、竹の質感を生かしたナチュラルな風合いが特徴。等間隔の隙間を開けた「四ツ目編み」による飽きのこないデザインで、プラスチック製の買い物かごが主流の中、竹のかごを買い物に持っていけば、ひと際、存在感を放つこと間違いなしです。
また、時間とともに竹が跳ねてしまうのを防ぐため熱処理を加えているほか、カゴと持ち手の部分をボルトで強化したり、カゴの縁を竹釘で補強するなど、重い荷物にも耐えられるよう、数々の工夫が凝らされています。「時代が何を求めているか、何が必要とされているか。常にアイデアを考えています。新しいものを作ろうとしている時が一番楽しい」と話す斎藤さんからは、製作への情熱がひしひしと伝わってきます。
工房で完結しない、竹製品の本当の美しさとは
ところが、「竹の本当の美しさは、この工房では完結しないよ」という斎藤さんの意外な言葉。思わず疑問を投げかけると、「竹の一番の魅力は、竹でしか出せない風合い。その風合いは、作ったばかりの製品じゃ出せない。色の具合とか深みとか。使ってもらってはじめて、醸し出す美しさがある」。
斎藤さんは時々、10年、20年使った自身の製品に“再会”することがあるそう。美しく経年変化した製品を見た時が、「最高の気分」。時間と使う人の愛情によって、竹ならではの「美」が醸成される。そこに竹の本当の奥深さ、魅力があるのです。
斎藤さんの手によって、変幻自在に姿を変える竹。竹の特性を利用すれば、まさにどんな製品も作れるというのが、竹の一番の魅力かもしれません。半世紀にわたって培ってきた技や感覚が凝縮した竹製品に共通しているのは、思わず見とれてしまうほどの「美しさ」です。その美しさをさらに磨いていくのが、「使う人の役目」とは、なんて素敵なストーリーでしょう。
斎藤さんの技と創意工夫が凝縮した「スーパーかご」もきっと、数十年後には素敵な”経年美”を見せてくれることでしょう。