鹿児島県で織りなす西陣織。職人である神宮司夫妻の挑戦
西陣織といったら京都をイメージされる方が多いと思いますが、実は、鹿児島県の美しい湾をのぞむ南大隅町にも手織りの帯を作る、知る人ぞ知る職人がいます。それが、神宮司(じんぐうじ)達夫さん、一美さんご夫妻。早速、訪れてみると、良い意味で職人さんのイメージを覆す、にこやかなお二人が迎えてくれました。
お二人は、長年、京都で修行をしてきた西陣織の職人さん。約15年前に一美さんのお母さんの介護をきっかけに、実家である南大隅町にUターンしてきました。1年がかりで自宅の横に工場を建て、手織機4台を解体し、京都からフェリーで運びました。
京都では分業制が進み、帯のデザインをおこす職人、機織りをする職人、手織機の修理をする職人と分担してすすめていますが、ここでは気軽にほかの職人に依頼することはできません。そこでデザインの制作から機織り、手織機の修理まで達夫さんがすべて担当。それぞれに専門性の高い仕事を、一手に引き受けることで、生産管理が行き届き、納得した質の高い帯を生み出すことができるのです。
「南大隅町は、物を作るには集中できる最高の環境。敷地も広いし、静かだから。京都で同じ広さの工場はとても建てられない。ここに来て本当に良かった。京都のような分業制の良さもあるけれど、全行程に携わることができるのは面白い」と笑顔で語る達夫さん。
帯の製作は、まずはデザイン案を描くことからはじまります。
デザインのヒントを得るために、本物を見ることにこだわる
神宮司さんは、デザインのインスピレーションを得るために、歌舞伎や能、美術館など足繁く通っています。また本棚には、ずらりと本や参考資料が並んでいました。徹底的に「本物」にこだわり、伝統芸能から世界をまたにかけて活躍するアーティストのライブまで、実際に自分の目で見て、体験をすることで、創作するエネルギーに昇華させています。
「前職の会社では、よく、『本当の美術をみなさい。良いものを見て経験値をあげなさい』と言われ、会社のメンバーとさまざまなところに行きました。それは今でも財産になっています」と達夫さん。いいなと感じた図柄をモチーフにして、帯のデザインを考えたりすることも。織ることに決まった図案を方眼紙に写し取り、配色を決めて「紋意匠図」を作ります。
さらに使用する糸を選んだら、紋意匠図をコンピュータに入力。まずはサンプルを作成し、卸業者の方とイメージをすりあわせて、実際に帯を織っていきます。帯を織る前にも、繊細な仕事が膨大にあるのです。
一つでも間違えると最初からやり直し、という集中力を要する作業の連続です。ここまでに要する時間、約1カ月半。ここから、やっと私たちがイメージする帯を織る工程に入ります。大胆なデザインの帯は達夫さん、繊細なデザインの帯は一美さんが担当することが多いそうです。
軽くてしなやかで結びやすい!手織り帯の魅力
「機械で織った帯とはぜんぜん違うから」と達夫さんがすすめてくれ、実際に手織りの帯と他社の機械織の帯を触ってみました。手に取ると、機械で織った帯はずっしり、ごわごわしているけれど、手織りの帯はつやつやとしていて軽やか。裏側を見ると、機械織りは一つの色を使用すると帯の端から端までその糸が通り何本もの糸が通っています。一方、手織りは織った模様の場所だけに色が付いた糸が通り、すっきりしていて一目瞭然。
着物が大好きな人たちが、一度手織りの帯を使い出すと機械織の帯に戻れないというのも頷けます。帯が柔らかいので締めやすく、結んだ後もしわになりにくいのも嬉しいところ。大きな手織機の前に座り、帯を織るところを見せていただくと、それはそれは細やかな作業の連続です。
一つの帯には2400本の経糸(たていと)があり、そこに一本一本の糸を織り上げていくのですが、その糸は髪の毛一本より細い!
帯を1本織りあげるまでに2カ月もかかると聞き、気の遠くなるような作業にくらくらしてしまいました。
気持ちが帯にでるから、気持ち良く過ごすことを大事にしている
神宮司ご夫妻とお話をしていると、お互いを尊重していて、互いに感謝の言葉を伝え合っていて、なんて素敵なご夫婦なんだ!と感動してしまいました。「帯ってね、その時の気持ちが現れちゃうのよ。イライラしていると無意識に力が強くなっているみたいで帯が縮んだり、丸い円にしたいのに楕円形になったり。自分たちが穏やかで安定しているのが、帯を作るうえでも大事だから。それに、一緒にいるのに楽しいほうがいいでしょ」と笑う一美さん。
そして、もう一つ。一美さんが大事にしていることがありました。それは、手。指先がかさつくと、細い糸で織り上げた帯を傷つける恐れがあるからと、手が荒れないように徹底的にケアしています。生きることそのものが仕事につながるという、プロフェッショナルな姿を垣間見ることができました。
料理や民泊の受け入れ。全部、帯を作るのと一緒
西陣織の職人としても多忙な毎日を送る夫妻には、もう一つ別の顔もあります。それは、地元の高校の自転車部に通うために県外からやってきた高校生の民泊の受け入れや、国際交流のホームステイ先として、子どもたちの成長に寄与していること。日本はもちろん、香港、イギリス、中国など各国の2週間のホームステイを受け入れたりしてきました。学生さんとの交流の話を、本当に楽しそうにしているお二人の姿を見ていると、私まで楽しい気分に。
「二人ともいろんな人を自宅にお招きするのが好きというのもあります。他の人からいろいろな体験や話を聞くのが大好きなんです。お客様の喜ぶ顔を思いながら段取りして、作ったものをさらに改善する。帯を作るのと一緒だよ」と達夫さん。「人が思い出になり、生きている限り楽しい」と笑うお二人は、またそこでの活力を機織りへと結びつけているようでした。
常に改善と進化を繰り返す達夫さん、一美さんがつくる帯は、これからもますます人を魅了していくと感じました。ぜひ世界に一つしかない帯を、あなたの着物とあわせてお出かけを楽しんでみてください。