明治開港から神戸に伝わる紳士服の技術
兵庫県神戸市の異国情緒を今に伝える神戸北野異人館街。明治の開港から昭和にかけて、山手の高台には異人館が立ち並び、ヨーロッパの文化やトレンドが神戸に次々ともたらされました。「神戸洋服」とはそんな明治より引き継がれた注文洋服技術を総動員して、神戸で作られるオーダースーツのことです。
異人館街から歩いて10分ほど南へ下ったところの小さなテイラー「神戸洋服 中山手縫製所」では、店主の畑竜次さんがひと針ひと針、手縫いでスーツを仕上げ、紳士服を通じて注文者の印象を変える手助けをしています。
「お仕立券」で軽やかにフィットするスーツを
今回の返礼品は、採寸から製図、裁断、仮縫いから縫製までを畑さんが一貫して制作するオーダースーツの「お仕立券」です。畑さんは、一切のマスターパターン(JISなどの基本サイズの裁断縫製様図形)を使いません。まず、店内の専用スペースか、または注文者の指定場所に出向いておこなうのが採寸です。人によって千差万別な体の寸法を測り、2時間ほどかけてその人の骨格から筋肉や脂肪の付き方、姿勢までを把握し、その結果を手描きの製図に正確に反映させます。畑さんの用いる「注文洋服製図」の方式では製図に縫い代が入っているため、たとえ体重や筋肉の増減で注文者の体型が変わってもあとから調整がしやすいのだといいます。
手縫いで仕立てる「神戸洋服」クオリティ
採寸から縫製までを1人でおこなえば、作業量は膨大になります。生地が傷まないようにと、仮縫いも手縫いでおこなう畑さんが仕立てれば尚のことでしょう。しかし、そうすることで注文者の細かな希望や体の特徴を念頭に、全体を見ながら作業を進めることができ、結果として体にぴったりと合う「あなただけのためのスーツ」を完成させられるのです。
最高級服地「SCABAL」で作る特別な一着
今回、「お仕立券」のために畑さんが用意したのは特別な生地です。その名もSCABAL(スキャバル)。1938年にベルギーで創業した服地ブランドで、英国・ヨークシャー地方のまち、ハダースフィールドの自社工場で織るものを始め、世界最高級の服地を取り揃えています。各国首脳やハリウッドスターの間で特別な一品として人気が高いSCABAL。「ほかの生地との違いはハサミを入れた瞬間に分かります」と畑さん。細い糸で織られた生地にすっとハサミが入っていく心地よさはたまらなく、テーラーとして身が引き締まる思いがするのだと言います。「初めてSCABALのスーツに袖を通される方は、その軽さにきっと驚かれますよ」
選べる生地は、SCABALのなかから畑さんが厳選した7つのコレクションです。まず、100%極細メリノウールを使ったCOSMOPOLITAN (コスモポリタン)とIMAGE (イマージュ)。秋冬生地からは英国工場で織り上げたミディアムウェイトのTORNADO(トルネード)と、繊細なSuper 100’ sウール(メリノ山羊から採取した直径18.755ミクロンの繊維で織り上げた生地。数字が大きくなるほど繊維が細くなる )の HEROIC(ヒロイック)。
クラシックなコレクションで同じくSuper 100’sのTHE ROYAL (ザ・ロイヤル)や英国工場でSuper 110’sウールを使って織られ、品のある光沢が特徴の GALAXY(ギャラクシー)もあります。ブランドでもっとも人気のコレクションであるSuper 130’sの ETON(イートン)も選択可能です。コレクションのなかから職種や役職、用途、与えたい印象に合わせて最適な色柄・デザインを相談しながら決めていきます。
“ドレス屋” から魅せるテーラーへ
「おばあちゃんっ子だった」という畑さんは、私立女子校の制服を仕立てていた祖母のもとで幼い頃から針を扱い、しつけ糸を抜くなどの手伝いをしたと振り返ります。自然とドレスを作る仕事につき、徐々に音楽家のお客さんから頼まれた男性用タキシードなどを作り始めたそう。本格的に紳士服を学んだのは、当時、神戸市が各業界と共同で運営していた「神戸ものづくり職人大学」でした。
そこで出会ったのが、師と仰ぐ松本一彌 (かずや)さん。「神戸マイスター」に認定される神戸洋服のレジェンドは、「個性を売るのがファッション。全部教えてたらコピーになってしまう」と言い、弟子に自由に学ばせました。松本さんが針を握ったときの所作の美しさは惚れ惚れするものだそうで、畑さんは「いつかあの領域に到達したい」と、スーツを作り続けます。
畑さんは、言うなれば洋服マニアです。特に紳士服の仕立ての話になると、情熱がほとばしるのがわかります。「後ろ身頃の肩線が前身頃の肩線より5ミリ長い。そこをいせ込んで、つまり、長さの違うパーツを縫い合わせて、アイロンでバチッとね。立体的になるから、特にカメラマンとか肩周りをよく動かす人に喜ばれるんですよ」。採寸の際には、ぜひスーツや着こなしの疑問を畑さんにどんどんぶつけてみてください。
「品格、風格は変えられる」
畑さんは、1人ひとりの体にぴったりフィットしたスーツを仕立てることで、注文者に風格を与えることができるといい、それを信条にスーツを縫います。経歴や人格を変えることはできなくても、紳士服の着こなしによって、その人の持つ印象はいかようにも変えられるのだとか。
メッセージを添えてプレゼントにも
変わるきっかけをつかみたいという注文者には、「この人を成功させたい。この人は何かが違うぞと思わせる圧倒的な力を身にまとわせて、人生を後押ししたい」という強い気持ちでスーツを仕立てるのだそう。神戸洋服の高度な技術力を持ち、1人で採寸から縫製までをおこなうからこそ持てる、畑さんの職人としての決意です。畑さんにSCABALの最高級服地でスーツを仕立ててもらえば、まさに鬼に金棒。このお仕立券は大切な人へのプレゼントにもきっと喜ばれることでしょう。
近畿支部(兵庫県神戸市担当)/ 堀 まどか(ほり まどか)
兵庫県生まれ、在住。街と海と山の近さがお気に入り。通訳案内士(英語ガイド)として、また地域と観光を切り口にしたフォトライターとして西日本のおもしろさを伝えています。さまざまな地域の魅力を再発見する喜びをお宅の玄関先まで届けたい。そんな気持ちでナビゲーターを務めます。
私にとって神戸は海と山が近く、自然豊かなとなり町。海外文化を柔軟に取り入れて発展してきた食や音楽、街並みの魅力も尽きません。