歴史ある鎌倉の街にある、イタリアンの名店
古くは武家社会が誕生した鎌倉時代から、鶴岡八幡宮は今に残る歴史や文化の起点となってきました。その伝統ある地のほど近く、たくさんの人が行き交う小町通りの一角にあるイタリアンの名店「Rans Kamakura」(ランズ鎌倉)は、今日も多くの地元客でにぎわっています。開店以来、一貫して地産地消という考え方を大切にし、舌の肥えた鎌倉の人たちに12年ものあいだ愛されてきました。
地産地消への想いと、鎌倉野菜との出合い
このお店以外にも4店舗を経営するオーナーとしての側面を持つ伊藤さんに、「Rans Kamakura」についてお話を伺わせていただきました。
伊藤さんは元々、東京の表参道にお店を持ち、その料理の腕を振るっていました。次のステージとして新しくお店を出す場所を探す中で、運命的に今の物件に出合ったといいます。「直感でここでやりたいと思って、その日にすぐ決めました。逆に大家さんが『もう少し考えた方が…』と心配するくらい即決だったんですよ」と伊藤さんは笑います。時々サーフィンのために訪れる程度にしか知らなかったこの街で、とんとん拍子で新しい挑戦が始まりました。
「Rans Kamakura」が大切にしているのは、鎌倉野菜と湘南のみやじ豚、相模湾の新鮮な魚という、地の食材を使うこと。その背景には、お店を始める直前にイタリアを北から南まで巡る旅をしたとき、地域ごとの食材を使って料理をつくる文化と触れ合った経験があります。ピエモンテ州では独自の「ピエモンテ料理」、南のシチリアでは北では見られないような食材など、同じ国の中でも多種多様な料理に触れる日々。「その土地の食材を楽しむということが自然に根付いていることに感銘を受けました。理に適っているし、自分はこれがしたいって思いました」と伊藤さん。
その感動を胸に帰国後出合ったのが、通称「レンバイ」と呼ばれる鎌倉の農協連即売所。鎌倉の農家の方々が協同で出店している直売所で、色とりどりの野菜が集まります。
「鎌倉野菜は、まず味が良くて種類が豊富、それに洋野菜が充実しているのも特徴です。毎朝通って、農家のおじいちゃんおばあちゃんと、あれこれ話しながら野菜を選ぶのが楽しいんです」と伊藤さん。例えばルッコラ一つとっても、農家の人によって味が違うのもおもしろいポイントで、作り手の顔がわかると素材を大事に使うようになり、料理にも力が入るといいます。
その鎌倉野菜に、初めて口にしたときに衝撃を受けたという「みやじ豚」と相模湾の魚介が加わり、「Rans Kamakura」の料理はこの場所だから味わえる特別な味へと形を成していきました。
鎌倉という地に根付き、料理をつくり続ける
鎌倉野菜を調理する上で意識していることとして、「必要以上にいじらない」ことを大切にしているといいます。「できるだけシンプルに、ただきちんと丁寧につくること。食材にとって一番良い形を見極め、料理にしていきます」と伊藤さん。生でおいしいものは生で提供するし、味付けも必要以上にすることはありません。料理人を始めたころは必要以上に素材に手を入れて創作することもありましたが、だんだんとそれは違うなと感じるようになり、今ではシンプルな調理へと研ぎ澄まされていったそうです。
そんな食材に対する真摯な眼差しからは、地のものに対する愛とともに、街に対する愛着も透けて見えてきます。「この街は東京と違って飲食店同士のつながりも強くて、みんなで鎌倉を盛り上げていこうという一体感があるんです」と伊藤さん。飲食店がライバルというよりは、お客さんを紹介し合って助け合うような関係性がこの街にはありました。
「最初はお客さんも少なかったですからね。それでも12年続けて来れたのは、やっぱり街の人たちの支えがあったらからです」と伊藤さん。観光客だけを見て商いしていても、鎌倉では長続きしないと話します。もちろん観光客は大切だけど、地元のお客さんを大切にしてたことが今につながっています。等身大で飾らない伊藤さんの「Rans Kamakura」は、長い歳月をかけて今では鎌倉に無くてはならないお店になりました。
以前は縁もゆかりも無かったこの鎌倉で、今は街への想いを胸に、地産地消の料理づくりをこれからも続けていきます。