日本酒に「ヴィンテージ」の楽しみを
注ぎつ、注がれつ、地域の食を囲み、語り合う。人と人の縁を紡ぎ、深める、不思議な魅力がある日本酒。そんな日本酒に「ヴィンテージ」の楽しみ方を付加できないか、と挑戦している酒蔵があります。
シャンパンボトルを想起するボトルに、製造年号が記されているパッケージ。熟成された日本酒を口に含んでみると、思わず「おおっ」と口に出てしまうほど、豊かな香りと深みのある複雑な味わいに、うっとりするような余韻。日本酒の新しい可能性を存分に感じさせてくれる味わいです。福島県浪江町鈴木酒造店の自信作である「純米吟醸」の「雫」だけを集め、日本酒のヴィンテージを意識した「吟(ギン)テージ」シリーズを紹介します。
山・川・海の自然と豊かな食に囲まれた町に愛される老舗酒蔵
福島県双葉郡浪江町。福島県の浜通りに位置し、東は太平洋、西は阿武隈山地に囲まれ、山・川・海の豊かな自然と、食文化を楽しめる町です。シラスやヒラメにホッキガイといった海産物、ご当地グルメ「なみえ焼きそば」、走り駒の絵が特徴的な江戸時代から続く伝統工芸の「大堀相馬焼」などさまざまな名産品があります。
しかし、2011年に起きた東日本大震災と、東京電力福島第一原子力発電所の事故により全町民が避難。震災から6年後に、ようやく一部地域で避難指示が解除され、人々が戻ってきました。漁業や水産加工、飲食店、宿泊施設なども再開。2020年8月1日には復興の象徴として「道の駅なみえ」がオープンし、マイナスからゼロ、そしてプラスへの歩みを一歩ずつ進めています。そんな浪江町で、人々に長年愛され、親しまれてきたのが鈴木酒造店です。
創業200年以上の酒蔵は東日本大震災で壊滅
鈴木酒造店の創業は江戸時代の天保年間といわれ、もともとは廻船問屋を営んでいたところ、相馬藩より酒製造を許されたことが始まりとされています。蔵の目の前にある堤防を越えれば太平洋の大海原という珍しい立地の酒蔵だったことから、「日本一海に近い蔵元」という愛称で呼ばれていました。
海の暮らしに寄り添い、醸されてきたお酒が代表銘柄「磐城壽」(いわきことぶき)。地元の漁師さん御用達のお酒として、長い間お祝いの席には欠かせないお酒でした。しかし、東日本大震災により全建屋が流出。さらに、原発の事故により警戒区域に指定。故郷に戻ることすらできなくなりました。
生き残った酵母で酒造りの再開を決意
「喪失感という言葉では表せないくらい、なんにもなくなった」。酒造りをしながら、仲間とともに盛り上げてきた地域が一瞬で奪われ、途方に暮れる、社長であり杜氏の鈴木大介さんに声をかけたのは、共に避難している故郷・浪江の人たちでした。「なんとかまた浪江の酒を造ってくれ」と、何度も声をかけられた鈴木さん。少しずつ酒造りへの意欲が再燃してきたところに一本の電話が鈴木さんのもとに届きました。
すべて流されたと思っていた蔵の酵母が、分析のためにたまたま預けていた県の試験場に奇跡的に残っていたのです。「建物はなくなってしまったけれど、酒造りに欠かせない酵母は生き残っていた。また酒造りができると確信しました」。余分なものを添加せずに、自然の力で酒造りを行う鈴木酒造店にとって、代々醸されてきた蔵の酵母が生き残っていたということは、酒蔵の歴史を再び紡ぐことができることを意味していました。
異郷の地で酒造りを再開
避難先の山形県で縁あって巡り合ったのが、同県長井市の酒蔵。後継者不在のため廃業を考えていた酒蔵を買い取り「鈴木酒造店長井蔵」として再スタートをすることに。2011年10月、震災から7ヶ月後のことでした。
最初から順調に酒造りがスタートしたわけではありません。これまでまったく縁のなかった土地での酒造り。蔵の前を通りかかる人からは不思議そうな目で見られ、地域に認められるのも簡単ではありませんでした。また、気候の違いにも悩まされました。しかし、朝日連峰のブナ林に降り積もった雪が水源となる長井の水質のよさと豊富さに惹かれていった鈴木さん。「この水を生かし、この土地でできる最高のお酒を造りたい」。鈴木さんはそう決意しました。
酒造りで何よりも大切なのは「米を大事にすること」
よいお酒造りには「よい米」も欠かせません。お酒を仕込む水と同じ水系で米を栽培することがよいお酒につながると考える鈴木さん。一人の農家との出会いから、2〜3年かけて徐々に契約農家を増やすことができたといいます。徐々に地域に受け入れられ、福島からの避難者と長井市民で協働で酒米を育てるなど、お互いの交流も育まれていきました。
「この土地と私たちを結びつけてくれたのは、まさに『米』でした」。だからこそ、お酒造りにおいて徹底しているのは「大事に米を扱うこと」と話します。農家さんが丹精込めて作った米を一粒も無駄にせず、鈴木さんはその変化を敏感に感じ取ります。「たいしたことじゃないんです。でもそれができれば、よい酒は造れるんです」
環境の変化を克服し、2017年には、鈴木酒造店が引き継いだ地元の銘柄「一生幸福」で全国新酒鑑評会で金賞を受賞。その確かな腕は内外から評価されてきます。
蔵元の自信作の「雫酒」のセット
「米と水のよさ」を最大限に活かす鈴木酒造店の真髄はやはり、精米歩合60%以下の米、米麹、水のみを原料として、低温でゆっくり発酵させ素材のもつ力を最大限に生かす純米吟醸酒。今回のお礼の品では、そのなかでも加圧せずに自然にしたたり落ちる雫だけを集めた「雫酒」3種類をお届けします。「雫酒」は、醪(もろみ)を入れた袋を力を入れて絞ったり圧力をかけてつぶしたりするのではなく、お酒本体の重みで滴り落ちる原酒を集めるため、雑味がなくクリアな味わいになります。まさに蔵元の自信作の3種です。
やわらかく、のびやかで豚肉や白身魚などの焼き物系に合う純米大吟醸の「山田錦」。同じく焼き物に合う、より厚みがあってふくよかなボディ感を楽しめる純米大吟醸の「雄町」。軽やかで、透明感があり、刺身などの魚介類、ささみなどと合う純米吟醸の「華吹雪」。
いずれも熟成を考慮してアルコール度数は高めの18度弱に設定。「熟成させると、余韻が上品になり、複雑さがでます」と鈴木さん。原料米の違いだけではなく、熟成させたヴィンテージによる味の変化も楽しめます。
悲願だった故郷での酒造りを再開
2021年春、鈴木酒造店は「道の駅なみえ」に併設する酒蔵で、悲願だった故郷での酒造りを再開します。「浪江の漁師さんがとってきた魚と、浪江で造った酒で乾杯したいなって、震災後に、よく地元の人たちと話していたんです。ようやく、そのスタートラインに立てます」。日本酒作りは、その土地の「時間の積み重ね」だと話す鈴木さん。
10年前、途絶えてしまった浪江の時間。しかし浪江で生きた酵母によって長井で醸し続けた9年間。そしてこれからは、浪江と長井の二つの「故郷」で、お酒を介した物語を紡いでいきます。2020年は鈴木酒造店にとって節目の年。「吟テージ」の味わいには10年間の万感の想いが詰まっているのです。浪江と長井を想いながら、大切な人と杯を交わしてみませんか。