のどかな田園風景の一角に佇む「いちひこ帆布」
栃木県南部に位置する栃木市は江戸時代、日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)の宿場町として栄えた場所でした。市中心部には白壁の土蔵群などが現存しており、“蔵の街”として多くの観光客で賑わっています。一方で、太平山(おおひらさん)を中心とする太平山県立自然公園や、ラムサール条約登録地である渡良瀬(わたらせ)遊水地なども点在し、豊かな自然環境も魅力です。
東北自動車道栃木ICから約10分。象が伏せている形をした三峰(みつみね)山のふもとに広がるのどかな山里の一角に小曽戸(おそど)製作所の「いちひこ帆布」があります。縫製工場に併設された店舗には、返礼品の「トラベルボストン」をはじめ、色とりどりの帆布製品がずらり。帆布の魅力をたっぷり味わえる小さなお店です。
使い勝手抜群。旅行にぴったりのボストンバッグ
返礼品の「トラベルボストン/キャメル」はヴィンテージワッシャー加工により、使いこなしたような独特の風合いと、柔らかい手触りが特徴。また、ポケットは外側と内側に全部で10個付いており、使い勝手も抜群です。どんな服装にも馴染んでくれるキャメルは一番人気のカラーです。
ショルダーベルトが取り外せたり、ポケットがたくさん付いていたりと使い勝手が良いのはもちろん、手に馴染む柔らかな質感、カジュアルさと上品さを兼ね備えた容姿も魅力です。
厚手の生地で作る「厚物縫製」に携わって半世紀
そもそも帆布とは何本かの糸をよって織った平織りの厚手の生地のこと。名前の通り、以前は帆船の材料として使われていました。帆船だけでなく、テントなど強度が必要なものに使われてきたことでも分かるように、厚手で丈夫、耐久性に優れています。また、帆布ならではの独特の質感や、使うほどに味が出てくるのも人気の理由です。
いちひこ帆布の名前の元になっている小曽戸一彦(かずひこ)さんが縫製を始めたのは今から50年ほど前。縫製といってもさまざまな種類がある中で、一彦さんが手がけるのは「厚物縫製」というジャンルです。帆布を中心とした厚みのある生地を使い、カメラケースやゴルフバック、テレビ局の機材を入れる特注バッグ、自衛隊のテントなどの縫製に携わってきました。
厚物縫製の可能性を広げる「いちひこ帆布」を設立
今から10年前、それまで請け負い中心だった小曽戸製作所に強力な“戦力”が加わりました。息子の聡(さとし)さんです。聡さんは大学の理工学部を卒業後、会社員として電気回路の設計を担当。その後、自動車メーカーでハイブリット車の開発に携わりましたが、体調を崩して退職しました。
「しばらく家でいじけていたら、嫁さんに実家の仕事でも手伝ったら?と言われて…」と聡さん。一彦さんの仕事を手伝ううちに、「この技術があれば、もっと面白いものがいろいろできるはず」と思い始めました。そんな折、依頼を受けて帆布で椅子の背もたれを作ったところ、想像以上の出来栄えだったのを機に、「いちひこ帆布」を立ち上げました。
最先端のモノづくりの経験を製品づくりに反映
素材探しからスタートした聡さんが一番こだわったのは、「日本製」でした。豊富なカラーバリエーションに惹かれて選んだのは、滋賀県の高島帆布。タグは福井県、金具は東京・浅草…「日本の産地がちりばめられた素材を、ここで集約して製品にしている感じです」と聡さん。
製品作りでは、「真面目に、良質なものを」という姿勢を大切にしています。デザインは聡さんが担当。「畑は違いますが、これまでのモノづくりの経験がすごく生かされています」と聡さん。わずか5mmでも気に入らなければ納得がいくまで作り直し、微調整を重ねて製品に仕上げます。聡さんのデザインを元にした型作り、生地の裁断、縫製という一連の作業はすべて手作業。使う機械はミシンだけです。丈夫な生地と丁寧な手仕事によって、品質に優れた製品が作られていきます。
使う人のことを考え、改良を重ねる
使い勝手にとことんこだわるいちひこ帆布。トラベルボストンも、聡さんが京都旅行の際に作ったものに、さまざまな改良を重ねて製品化しています。帆布はさまざまな厚みがありますが、聡さんは使いやすさを考えて標準的な厚みの帆布を使用。「帆布というと、どうしても重いというイメージを持たれがちですが、このボストンは軽いのも特徴です」と聡さん。
自由な発想と技術力で帆布の新たな魅力を発信
100点以上の製品がずらりと並べられた店内に入ると、黄色やオレンジ、ブルーや赤といった製品のカラーバリエーションの多さに驚かされます。バッグや小物入れなどのほか、マスクケースやテントに使うペグを入れるペグショルダーといったユニークな製品も並んでいます。
「今後はテントなどのアウトドア製品も手がけていきたいですね」と聡さん。さまざまなモノづくりに携わってきた聡さんの固定観念にとらわれない「自由な発想」、一彦さんが半世紀もの間、培ってきた「技術」が両輪となって、これからも帆布の新たな魅力を伝えていくことでしょう。
丁寧に作られた製品から伝わる作り手の“ぬくもり”
いちひこ帆布の製品の約半分はオーダーメード。好きな色を選び、自分だけの製品を仕上げることができます。1つひとつ、手作業で仕上げているからこそできるサービスです。
いちひこ帆布を立ち上げて10年。ずっと変わらないのは1つひとつの製品を丁寧に仕上げること。製品によっては完成までに1カ月以上待つ場合もありますが、それこそ、いちひこ帆布が心を込めて製品を作っている証拠です。製品からは、帆布の持つ優しい手触り、織りが醸す美しい表情とともに、作り手の“ぬくもり”も感じられることでしょう。
関東支部(栃木県栃木市担当) / 斎藤 里香(さいとうりか)
群馬県桐生市在住。北関東と埼玉を中心に取材・執筆活動をしています。一番、大切にしたいのは、人々の「思い」です。いろいろな「コト」や「モノ」に携わっている人々の“代弁者”として、頑張っている姿、その根底にある思いなどを多くの人たちに伝えることができたら嬉しいです。
小さいころから頻繁に訪れていた栃木市の思い出の場所は巴波(うずま)川。遊歩道が整備されているので、蔵の街散策にもおすすめです。