里山の風景が広がる、のどかな栃木市の旧都賀町
栃木県栃木市の北、2010年に栃木市と合併した旧都賀(つが)町は「山里」という言葉がぴったりののどかな田園風景が広がる町。とくに広大な敷地の「つがの里」は四季折々の花が咲き乱れる市民憩いのスポットです。
この自然豊かな旧都賀町で約70年もの間、返礼品である「長柄ほうき」を作っているのが「荒木時三商店」です。時代の変遷とともに、箒(ほうき)を作る人がいなくなる中、2代目、荒木由和(あらきよしかず)さんは町唯一の箒職人として伝統を受け継いでいます。
栃木県の伝統工芸品にも認定されている「都賀の座敷箒」
「長柄ほうき」は、手作りならではの独特の風合いが魅力です。原料となるほうき草は町内の農家が栽培。1つひとつ手作業で仕上げる箒はまさに一生モノです。長柄ほうきを含む「都賀の座敷箒」は1997年に県の伝統工芸品に、2014年には栃木市の小江戸ブランドに認定。連綿と受け継がれた技を今に伝える、価値の高い商品です。
様々な箒に囲まれた、田園の中に建つ工房
つがの里から約3km。周囲を田園に囲まれた一角にあるのが「荒木時三商店」です。一見すると普通の一軒家ですが、玄関先に吊るされている大小さまざまな箒たちが、ここが箒工房であることを告げています。
早速、工房にお邪魔すると…壁には箒がずらりと並び、ゴザが敷かれた床には、ほうき草の束。バサッバサッというほうき草の擦れる音、ギッギッという糸を引っ張る音。懐かしくて温かい昭和の空気で満たされた工房で、年季が入った手作りの工具を駆使して箒を作っているのが由和さんです。
戦後間もなく創業。時代の変遷とともに町内唯一の箒職人に
由和さんの義父・時三(ときぞう)さんが箒作りを始めたのは戦後間もなくのこと。「戦後の混乱期に手に職を付けようと思い、家の近くに親方がいたのでそこで箒作りを教わったと聞いています」と話すのは、由和さんの妻・初代(はつよ)さん。都賀町では当時、農閑期の副業として多くの家庭で箒が作られていたそうです。
ところが生活スタイルの変化や掃除機の普及などにより、箒作りをする人が減り、いつしか町内では時三さん一人となってしまいました。「箒だけじゃ食べていけないって、本業でやっていた人がみんな辞めてしまいました。父がなぜ続けたかって? 一本気で根っからの職人だったからでしょうね」と初代さん。
伝統の灯を消さないために一念発起
町内唯一となった時三さんが作る「都賀の座敷箒」が伝統工芸品に認定されたのは1997年のこと。とはいうものの、時三さんは「継いでくれる人がいないから一代で終わり」とあきらめていたそうです。それを聞いて一念発起したのが、栃木市職員だった由和さん。「伝統工芸品として、後世に伝えていかなくては」と、仕事勤めのかたわら、土日などの休みを利用して時三さんと妻・トクさんから箒作りを学びました。「教わったというか、体で覚えていった感じですね」。
1日に2?3本作るのがやっと。奥深い箒の世界
取材時も器用に手先を動かしながら質問に答えてくれた由和さん。「中玉と耳、尻玉という3種類の束を作ってから合わせて編みこんでいくのが、基本の『東京型』。この3種類の組み合わせ次第で様々なデザインがあるんですよ」。完成した箒をよく見ると、確かにいくつかの束が合わさって1つの箒になっているのがわかります。
作業にも様々なこだわりがあります。まず、「国産のほうき草は柔軟性がある」と、ほうき草の栽培を近隣農家に委託しているだけではなく、その中でも質の良いものを1本1本厳選しています。また、糸でほうき草を締める作業も、しっかり力を入れて締めることで見栄えが良くなり長持ちします。
一番の難関はというと、「綺麗に編むこと。自分が本当に満足できる箒はなかなかできないですね」と由和さん。由和さんですら1日に2?3本作るのがやっと。デザインといい、作業といい、今まで知らなかった箒の奥深さを教えていただきました。
現代の生活スタイルにも重宝する、長柄ほうき
返礼品は100%手作りの座敷箒に長い柄がついた「長柄ほうき」。長さは150cmほどで立ったまま掃除ができるので便利です。ほうき草のナチュラルな素材感と、逆に新鮮味を感じさせるレトロな味わいは、年代を問わず好まれています。
箒といえば、畳の掃除に使うイメージがありますが現代の生活スタイルでも活躍してくれます。「フローリングはもちろん、横じゃなくて縦にすることでゴミが掃き出せるので絨毯でも使えます。あえて、掃除機じゃなくて箒を使うという人も増えてきていますよ」と初代さん。
藍染の糸、楮の柄…斬新な発想で新製品に挑戦
いろいろな箒が並ぶ工房内で藍色の糸が使われている、とてもおしゃれな箒が目につきました。聞けば、催事の際に出会った藍染作家に糸を染めてもらい、昨年から販売している箒だそうです。また、柄の部分に紙の原料として有名な「楮(こうぞ)」を使った箒もこれから販売する予定。楮の木肌は美しい風合いで、曲がり具合も味があります。「伝統を受け継ぎながら、いろいろなものに挑戦したいですね」と由和さん。新しいアイデアで箒の新たな世界を開拓しています。
何十年も愛用される「一生モノ」の伝統工芸品
以前、由和さんが百貨店の実演販売でお客様と話した際、「お嫁に行く時に箒を持ってきて今でも大切に使っています」と話す高齢の女性がいたそうです。また、時三さんが作ったという30年ほど前の箒を見せてくれた人も。「使い方次第で一生持つもの。だからこそ、こだわりの一品を持ってほしいですね」と由和さんは力を込めます。
返礼品「長柄ほうき」も丁寧な手仕事が伝わる逸品です。きっと、一生使える愛用品となることでしょう。
関東支部(栃木県栃木市担当) / 斎藤 里香(さいとう りか)
群馬県桐生市在住。北関東と埼玉を中心に取材・執筆活動をしています。一番、大切にしたいのは、人々の「思い」です。いろいろな「コト」や「モノ」に携わっている人々の“代弁者”として、頑張っている姿、その根底にある思いなどを多くの人たちに伝えることができたら嬉しいです。
旧都賀町でぜひ、訪れてほしいのが「つがの里」。敷地内には池や森、バーベキュー場や遊具などがあり、親子でのんびり1日楽しめます。