アウトドアで大活躍の渓流刀
切れ味抜群で、切る、削る、捌くといった作業がこれ1本で完結する渓流刀。キャンプ、ブッシュクラフト、登山、釣り、山菜狩りに工作とマルチなシーンで活躍する渓流刀は、単なるナイフではなく、高知県で伝統的に受け継がれてきた土佐打刃物(とさうちはもの)という技法で造られた職人による逸品です。土佐打刃物は、土佐和紙と並んで、国の伝統的工芸品として認定されている特産品。その技術で造ったのが、今回紹介する渓流刀です。
これまでは海外でのシェアが大半でしたが、空前のキャンプブームにより国内のキャンパーや釣り人からも注目されるように!ベテランキャンパーはもちろん、初心者さんにも安全で使いやすいのも魅力です。今回はそんな伝統技術を使った工芸品の魅力に迫ります。
江戸時代から受け継がれた熟練の技法で作る土佐打刃物
そもそも土佐打刃物とはどういうものなのかご説明しましょう。土佐打刃物とは高知県の東部から中部にかけた地域で造られており、鋼・鉄作りから始まり鍛造、荒研ぎ、泥塗り、焼き入れといった定められた工程で造られている刃物のこと。高温に熱した金属材料を丹念に叩いて延ばし広げ自在に造形する「自由鍛造」で作られます。形が決まっていないので、用途に応じた製品を作ることができますが、その分、熟達の技術が求められる製法でもあります。
今回紹介するトヨクニでは、和鋼といわれる世界的にも純度の高い鋼を使用。上質な素材と伝統的な鍛錬技術が合わさった最高級の土佐打刃物が造られているんです。
切れ味と耐久性が特徴の渓流刀
トヨクニの製品の主な特徴は、切れ味が良く長切れすること、刃の耐久性と弾力性があること、寿命が長く、使い勝手がいいことです。世界のカスタムナイフが集まって切れ味を競うアウトドアナイフショーでも、紙を切る、約1mm厚の皮革板を切る、馬の毛製の不織を切り落とす、木棒を切り削る、木の根・つたを切る、最後にもう一度紙を切るというテストにおいて、ダントツの切れ味を披露しました。
ちょっとでもアウトドアをかじったことがある人なら俄然興味が湧きますよね。私も実際に渓流刀で木を削らせてもらいましたが、切れ味も使い勝手も抜群!女性の手でも使いやすい大きさなので、屋外での料理にもオススメです。
創業1946年の鍛冶屋・トヨクニ
そんな最高峰の渓流刀を生み出すトヨクニは、創業75年を迎える鍛冶屋さん。森林大国でもある高知では昔から木材の搬出が盛んで、木の伐採に欠かせないのが打刃物でした。トヨクニは創業以来、周りを山に囲まれた高知県南国市亀岩で、鉈(なた)、斧、鎌、鍬(くわ)といった農産林用の刃物を中心に製造していましたが、生活様式の変化に合わせて新しい商品開発にも尽力。今や料理包丁から狩猟用ナイフ、カスタムナイフにキャンプ用ナイフと1万5500種類以上の製品が造り出されています。
柔軟な考えで新時代を見つめる4代目
今回お話を伺ったのは、4代目トヨクニの濱口誠(はまぐち せい)さん。誠さんは、幼少期から師匠でもある父・大輔さんの仕事を見ながら育ち、自然と鍛冶(かじ)仕事を覚えていきました。高校を卒業後はIT専門学校に進学し、簿記やパソコンの勉強に力を入れ、卒業後トヨクニに入社。師匠でもある父と職人として成長する兄を見ながら、2人の技術をもっと引き出す商品開発を行い、販路拡大したいと考えるようになりました。自身も鍛冶場に立つかたわら新商品の開発に積極的に乗り出すように。写真編集やデザイン、CAD(キャド)などの技術も習得し、1998年にはトヨクニのネットショップも開設しました。
ハイテク技術と土佐打刃物が融合した渓流刀
これまで伝統的な日本式刃物のみを造っていたトヨクニに新しい風が吹いたきっかけは、1本の西洋ナイフを海外向けに造ったことでした。誠さんが渡した設計図をもとに、父が造ったナイフを自社サイトに掲載すると海外で瞬く間に大ヒット!誠さんは、このナイフをきっかけに、世界ではどんなナイフがどういった使われ方をしているのか視察を始めます。各国のデザイナーとタッグを組み、鋭い切れ味の土佐打刃物をそれぞれの国民性に合わせたデザインや使いやすい形にしていくための旅が始まりました。
実際に世界中を訪れてナイフを使用している人の声に耳を傾けた結果、これまで製造していたサイズ感や刃物の概念から外れた、コンパクトで使いやすい斬新なデザインや加工技術を取り入れたアウトドアナイフが誕生。中でも使いやすく洗練されたデザインの渓流刀が人気を呼び、さまざまなアウトドアイベントにも参加するようになったのです。
ナイフ賞獲得に各メディアにも引っ張りだこ
渓流刀を提げた誠さんが各地のイベントに参加するようになると、世界中にトヨクニの名が広がっていきました。アメリカ、ヨーロッパ全域から集まったカスタムナイフメーカーが集結するアウトドアナイフショーでは、過酷な耐久テストをクリアし名誉ある大賞を2年連続受賞し、殿堂入り。さらに、キャンプシーンを発信するYouTuberが渓流刀を使った動画を配信したり、国内外のアウトドア雑誌に掲載されたりと、SNSでも注目を集めています。
南国市の山間で伝統刃物を製造トヨクニの開発への情熱とその確かな技術と品質があってこそなのです。
伝統を守りながら時代のニーズに応える会社
現在トヨクニでは、人材育成に注力し昔ながらの土佐打刃物を造りつつ、社内のIT化にも取り組んでいます。特に活躍しているのが3Dプリンターで、デザインをスケッチするだけで試作品が出来上がり、これまで時間のかかっていた微調整も数字を打ち込むだけでできるようになりました。これにより、職人が試作に割く時間が格段に短くなり、その分、商品の製造時間が確保できるように。また、最新技術と素材を駆使して、握力のない人でも使えるハサミや最新の医療メスなどの開発にも一役買っているそうです。
「私は職人なので、伝統を守ることにももちろんこだわっています。でもそれと同時に社会に貢献する刃物を造っていける会社として、トヨクニを繁栄させていきたい」と誠さん。そんな想いと技を持った職人の「あったらいいな」から誕生した渓流刀を、1本携えてみませんか。
四国支部(高知県南国市担当) / 川崎 萌(かわさき もゆ)
高知県いの町在住。おいしいものを追いかけ、絶景スポットを巡りながら、地元・いの町を中心に高知県の情報発信のお手伝いをしています。専門的なお話や自分の感じたことを、初めて記事に触れる人に分かりやすく伝えることを大切にして取材をしています。
昔から田んぼや畑が多く、たくさんの農作物が育つ南国市。工場も多く、ものづくりの盛んな街でもあります。