関東平野北端で育まれる、上質なとちぎ和牛
栃木県南部に位置する栃木市は江戸時代、江戸と日光を結ぶ脇街道の宿場町としてにぎわい、北関東有数の商都として発展。今でも豪商たちが建てた白壁土蔵が残り、“蔵の街”として歴史を今に伝えています。一方、太平山(おおひらさん)を中心とする太平山県立自然公園や、ラムサール条約登録地の渡良瀬遊水地(わたらせゆうすいち)など豊かな自然も魅力です。
関東平野が広がる北東部から南東部は県内有数の稲作地帯でもあり、のどかな田園風景が望めます。そこで大切に育てられた和牛が、こちらの返礼品。栃木県を代表する黒毛和牛「とちぎ和牛」ブランドの一つ、「前日光和牛」のサーロインです。この地域で長年育てられている「前日光和牛」は農林大臣賞や栃木県知事賞など数々の賞を受賞。令和3年度には全農肉牛枝肉共励会で優秀賞に輝いています。きめ細かい肉質が特徴で、霜降り肉は牛肉独特の風味、うまみがたっぷり味わえます。
その「前日光和牛」を味わうため、栃木市にあるお食事処「肉のふきあげ」にお邪魔しました。
畜産から精肉加工、飲食業まで一貫経営
東北自動車道栃木インターチェンジから800mほど。幹線通り沿いにある和風の建物が、お食事処「肉のふきあげ栃木本店」です。レストランから車で5分ほどの場所に直営牧場「前日光ファーム」があり、畜産から精肉加工、飲食業まで一貫して行っています。
「肉のふきあげ」のはじまりは昭和元年。畜産からスタートし、昭和30年代から精肉業を手がけるようになりました。ところが当時、牛肉のヒレやロースは高級品だったため、まったく売れなかったそうです。そこで2代目、弘介(ひろすけ)さんが苦肉の策として大衆食堂をオープン。「私が子ども時代、両親と一緒に夕飯を食べるのもままならないほど、食堂を軌道に乗せるために苦労したようです」と小池雅弘(こいけまさひろ)社長は当時を振り返ります。オープンから半世紀以上経ち、今では首都圏からの客も多くやってきます。平成31年には2店舗目となる「肉のふきあげ雅(みやび) 壬生(みぶ)店」もオープンするなど、地域に愛される飲食店として成長を続けています。
日光連山を背にした自然豊かな地にある牧場
畜産から飲食業まで一貫経営を行う「肉のふきあげ」の原点となっているのが、牛の肥育です。田園地帯を見下ろす小高い丘にある「前日光ファーム」は広さ約3ヘクタール。そこで100頭ほどの牛を育てています。「前日光」とは、日光市に隣接した栃木市を含む下都賀地域以北のエリア。日光連山を水源とする鬼怒(きぬ)川・那珂(なか)川の清流が流れ、良質な水と土壌に恵まれた稲作地帯です。
さまざまな肥育法を実践し、上質な牛肉を生産
この稲作地帯というのが牛の肥育をする上で大切なポイント。なぜなら、「稲わらを食べさせることで、胃袋を丈夫にします。それによって栄養を吸収する力がついて、肉質も良くなります」と小池社長。また、肥育法にもさまざまなこだわりがあります。とちぎ和牛の認定条件である「米」を与えることで脂を滑らかにして風味を向上させているほか、弘介さんの教え「和牛は餌を食わせるより時間を食わせろ」を実践。平均月数より長く肥育することで、味に深みを出す工夫をしています。
こまめに牛舎に足を運び牛と対話。大切なのは「愛情」
肥育に長い時間をかけつつも、「ブランド牛なら、餌や肥育環境にこだわるのは当然。ほかと大きく変わるわけではありません」と小池社長。では、何が違うのかというと…「愛情ですね」と一言。小池社長は早朝牛舎に行き、「元気か?大丈夫か?」と語りかけるそうです。「牛は話すことはできませんが、表情で分かります。牛と対話して健康状態を汲み取ることはとても大切な仕事です」。
1日に何度も牛舎に行き、牛の様子を確認するという小池社長。取材時も席に着く時、息を切らしていたため理由をお聞きすると、「ちょっと気になったから急いで牛舎に寄ってきたんです」とのこと。100頭というそれほど多くない数も、目の行き届く肥育をしたいという思いの表れです。
さっぱりした脂と凝縮したうまみ、柔らかい食感が特徴
返礼品となっているのは、こうして丹精込めて育てられたとちぎ和牛「前日光和牛」のサーロインステーキ。「柔らかいのは当たり前」と小池社長が言う通り、食感は納得の柔らかさ。さらに、細やかなサシが入っているのにさっぱりしていて、脂がしつこくないのも特徴です。一口食べると、牛肉好きにはたまらない、凝縮された旨味が口の中に広がります。「ワサビ醤油で食べるのがおすすめ。肉の美味しさがしっかりと感じられますよ」と小池社長。
父の残した処方箋「真面目に取り組め」を実践
1日にお店と牛舎を何度も往復し、お食事処で提供する野菜を自家栽培するなど、多忙な業務をこなす小池社長の原動力となっているのが、昨年他界した弘介さんの教えです。「常に真面目に取り組めというのが父の残した経営者としての“処方箋”。父は常にそれを体現していましたね」と小池社長。
これからの展望を尋ねても、「店を広げるつもりも、牛舎を増やすつもりもありません。あぐらをかかずに、今できることと真摯に向き合っていくだけ」ときっぱり。その姿勢こそ、「肉のふきあげ」が半世紀以上もの間、人々に支持されている理由なのです。
作り手の思いを伝えるとちぎ和牛「前日光和牛」
「栃木で必要とされるお店であり続け、さらに栃木市を“光る場所”にしていきたいですね」と語る小池社長。取材に伺った日、まだ夕飯には早い時間にもかかわらず栃木本店には次々とお客が来店。にぎやかな声が響き渡っていました。
そんな活気にあふれた店内の様子を拝見し、まさに、作り手の手間と愛情をかけたとちぎ和牛「前日光和牛」が、栃木市の“光るモノ”として多くの人に愛されていることを実感しました。
関東支部(栃木県栃木市担当) / 斎藤 里香(さいとう りか)
群馬県桐生市在住。北関東と埼玉を中心に取材・執筆活動をしています。一番、大切にしたいのは、人々の「思い」です。いろいろな「コト」や「モノ」に携わっている人々の“代弁者”として、頑張っている姿、その根底にある思いなどを多くの人たちに伝えることができたら嬉しいです。
肉のふきあげから車で20分ほどの太平山は桜やあじさいなど花の名所でもあり、晴れ渡った日には富士山も見える絶景スポットです。