紅茶と一緒に楽しみたい上品なクッキーサンド
今回ご紹介するのは、岩手県奥州市で100年以上の歴史を持つ老舗菓子店「高千代」の「ガーデンサンド」です。ガーデンハックルベリーのハードゼリーとホワイトチョコクリームを、口の中でほろりと崩れるクッキーでサンドしています。食べた瞬間に広がるのは、濃くて爽やかなベリーの味わい。素朴でさっぱりとしたクッキーとクリームが、ガーデンハックルベリーのおいしい酸味を際立たせています。普段はコーヒー党の私ですが、ガーデンサンドには紅茶がおすすめ。お気に入りの茶葉で淹れた紅茶を用意したら、ゆったりとしたティータイムが楽しめそうです。
きっかけは、自動車学校との「まさか」のコラボ
実はガーデンサンドに使われているガーデンハックルベリーは、高千代と同じ街にある江刺自動車学校で栽培されたものです。同校では目の衰えを訴えるドライバーが、高齢者だけでなく若者にも広がっていることから、眼精疲労などに効果的といわれるガーデンハックルベリーの栽培に着手。職員の手作りジャムが評判を呼び、地元の商工会議所の提案で高千代とのコラボが実現しました。ガーデンハックルベリーのお菓子の第1弾は、ドライブの休憩中でも手軽に食べられるようにと考案されたどら焼きでした。
販売開始から5年経っても根強い人気を誇るどら焼き
ガーデンハックルベリーのジャムと発酵バターで仕上げた餡は、口の中で驚くほど爽やかに溶けていきます。2017年に販売した当時は1日で5千個、1年間で11万個ほどを売り上げたという大ヒット商品。その第2弾として開発されたのが、ガーデンサンドでした。こちらは高千代で働くスタッフのアイディアから誕生したもので、ふるさと納税をはじめ、全国各地から注文が舞い込んでいます。高千代の4代目を務めている高橋一隆さんは、「まさか自動車学校さんと商品開発をするとは思っていませんでした。今では贈答用として購入される方も多くいらっしゃいます」と、笑顔を浮かべます。
街とともに100年を超える歴史を刻んできた高千代
そんな高千代が店を構えているのは、かつて城下町として栄えた場所。店のすぐ近くには江戸時代に建てられた武家屋敷が保存されているほか、明治の世になってから廃城となった水沢城跡もあります。高千代の歴史も古く、創業したのは今から108年前の大正3年のことでした。当時は駄菓子や飴、饅頭などを販売していて、よく近所の子どもたちが飴玉ほしさに集まってきたそうです。街の人たちにとっては、子どもの頃から通い慣れた「いつもの店」。高橋さんも小さい頃からお菓子の袋詰めや、どら焼きに餡を詰める作業などを手伝っていました。
お客様の言葉が大切な気づきを与えてくれた
高橋さんが店を継いだのは、24歳のとき。先代である父は、高橋さんが他県で和菓子の修業中に病気で他界し、それ以降は洋菓子を学んだ姉とともに店を切り盛りしてきました。右も左もわからない状態で4代目になり、最初の頃はクレームも少なくなかったと言います。そんなある日、一人のお客さまから「大好きな高千代のお菓子で、遠方から来るお客様をもてなしたかったのに…」と言われました。この言葉が、高橋さんにとって大きな転機になったのです。
「このとき私は、お菓子そのものだけでなく、お客さまが過ごすはずだったひとときを台無しにしてしまったことを痛感したんです。それ以降、クレームゼロを目指すことはもちろん、お客さまの気持ちに寄り添い、喜んでもらうことを一番に考えるようになりました」
仲間と協力してお菓子の力で街を盛り上げる
高橋さんはお菓子を通して人に喜んでもらうだけでなく、地域への取り組みも行っています。奥州市には国立天文台水沢VLBI観測所がありますが、ここは世界で初めてブラックホールの撮影に成功したチームの一員でもあります。その天文台から依頼されて作ったのが、ブラックホールをテーマにした「カリカリブラックホール」です。軽い口当たりのクロッカンに、口の中でパチパチとはじけるチョコレートをトッピング。市内にあるほかのお菓子屋さんも、高橋さんの呼びかけでオリジナル商品を作り、街の新しい魅力の発信に取り組んでいます。
高千代の挑戦が、地域に新たな風を呼び起こす
また2022年には、店の前にお菓子の自動販売機を設置。数年前から食品の自動販売機に興味を持っていたという高橋さんは、働き方改革の影響による営業時間短縮や、売れ残った商品のロスを削減するべく、導入を決意しました。自動販売機にはガーデンサンドをはじめとする人気商品や、社員のアイディアで、どの味が出るかわからない「マカロンガチャ」もラインナップ。設置した当初は人気が出すぎて、自販機にお金が詰まってしまうこともあったそうです。さらに道路を挟んだ向かい側には、「GARDEN & CAFE TAKACHIYO」も営業。緑と花に囲まれたオープンテラスで、のんびり高千代のお菓子を味わうことのできる癒やしの空間が広がっています。
お菓子が持つ無限の可能性を求めて歩み続ける
創業から100年が過ぎてもなお、街の人たちに愛され続けている高千代。取材中は小さなお子さんを連れたお母さんや、贈答用の詰め合わせを注文していく人、一人でふらりと訪れて楽しそうにお菓子を選ぶ年配の男性など、さまざまな人たちが途切れることなく訪れていました。その光景を見つめながら、高橋さんは「お菓子は1グラム配合が違えば、全く違うものが出来上がります。だからこそお菓子には、たくさんの可能性や夢があると思っています」と語ります。可能性を追求した先に待っていた、ガーデンハックルベリーとの出会い。作り手だけでなく、自動車学校や多くの高千代ファンの思いが詰まった一品です。その温もりあふれるお菓子を、ぜひ一度、味わってみてください。
東北支部(岩手県奥州市担当) / 山口 由(やまぐち ゆう)
2011年、被害日本大震災をきっかけに横浜から盛岡へUターン。現在はフリーライターとして、お店や人材の紹介、学校案内、会社案内、町の広報誌など幅広く活動中。取材を通して出会う様々な人の思いや歴史を知り、「岩手ってすごいなぁ」と時間する日々を送っています。趣味は散歩と読書、長距離ドライブなど。
県内屈指の米どころとして知られる奥州市には、前沢牛や江刺りんごなど、おいしいものがあふれています。南部鉄器や岩谷堂箪笥、秀衡塗などの伝統工芸品も多く、訪れるたびにワクワクしてしまう街です。