雪解け水が豊かな土壌を育む、新潟県十日町市
人の背丈をゆうに超え、例年3m以上の降雪を記録する、新潟県十日町(とうかまち)市。その雪解け水が豊かな土壌を育み、魚沼市や十日町市など周辺7市町でつくられる魚沼産コシヒカリの品質を支えています。また、南部には日本三大渓谷ともいわれる国の名勝および天然記念物に指定されている「清津峡(きよつきょう)」、西部には日本三大薬湯のひとつ松之山温泉があります。
さらに、2000年代以降は、世界最大規模の国際芸術祭「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の舞台ともなっている十日町市。例年、国内外から多くの芸術ファンが訪れ、自然と芸術の調和を楽しんでいます。
誰もが“あんしん”して暮らせる地域を目指して
そんな自然豊かな十日町市で障がい者のみなさんが、のびのびと暮らせるようにと平成14年に開設されたのが「NPO法人支援センターあんしん」(以下、あんしん)。就労継続支援B型事業の「ワークセンターあんしん」、一般就労に近い作業を行う「きぼうワークス」、世話人が生活全般を支援する「街中グループホーム」など、生活に必要な職・食・住の側面から障がい者の人生をサポートしています。
あんしんが現在、力を入れている事業のひとつが、今回ご紹介するトイレットペーパー製造。障がいがある利用者のみなさんが、トイレットペーパーの梱包、発送作業を行っています。なぜ福祉事業所がトイレットペーパーを製造するのか、商品の特長、トイレットペーパーを購入する意義とは。常任理事兼事務局長の久保田学さんに幅広くお話しを伺ってきました。
自主性を大切にした障がい者支援を
あんしんを立ち上げたきっかけは、障がいのあるお子さんを持つ樋口功(??ひぐち いさお)会長が、子どもを通わせたいと思う事業所を見つけられなかったことでした。
「当時はいまほど障がい者支援が進んでおらず、事業所に行ってもただ簡単な作業をするだけ。個人がやりたいことや各人のスキルに合わせた作業が用意されることは、ほとんどなかったんです」。そこで、樋口さんは自ら事業所を開設。開設の認可を取ると、屋根の融雪部品の製造や設置の手伝いなど、さまざまな仕事を請け負うようになっていきました。
継続的に続けられる事業を模索
事業を存続するためには思いだけではなく、継続的に売り上げを出し続ける必要があります。しかし、下請けの仕事だけでは、単価が厳しいのが実情。「何とか継続的に売上のあがる自社製品はないものか」と考えていたときにたまたま知ったのが、トイレットペーパー製造でした。
「樋口のお姉さんが、千葉県でトイレットペーパーを作っている事業所を教えてくれたんです。毎日使うトイレットペーパーなら、安定した売上につながる可能性が高い。事業の継続性を感じ、トイレットペーパー製造を始めることにしました」
環境負荷と障がい者支援に取り組む旗印として
あんしんのトイレットペーパーは、一般流通しているものと異なり、古い雑誌などをリサイクルして作られる雑古紙を原料としています。加えて、通常使われる漂白剤も使用していないため、環境負荷に配慮した商品。会社の備品を切り替えるだけで支援できる手軽さから、近年はSDGsに取り組む企業からの問い合わせも多くなってきました。
「社員にとって、会社が何にお金を使っているかは意外と見えないもの。購入いただいている企業から、『会社のお金の使い方が見えるようになって嬉しいと従業員に言われた』といった話も聞いています」と久保田さん。当初は経営者仲間から小さく始まった取引も、いまでは全国各地から注文が入るようになりました。
生き生きと仕事をする、利用者の声
あんしんでのトイレットペーパーづくりは、雑古紙を原料とした原紙を長い芯に巻き付けるところからスタート。
長い芯に巻き付けられたペーパーを専用の機械を使って適切な長さにカットしていきます。その後、ペーパーの使いはじめの部分を三つ折りにし、包装紙に包んで、段ボールに梱包して完成です。
トイレットペーパーづくりに携わる、池田由紀子(いけだゆきこ、下の写真・左)さんは、長岡市在住。家からあんしんまでは電車で1時間余と時間はかかりますが、さまざまな作業を経験できることや職員との関係性が魅力で、週2日通っているそうです。
「『前よりできるようになったね』『巻き方が上手になったね』と職員の方が小さなことでも褒めてくれるのが、嬉しいです。ここでは、トイレットペーパーや農作業、他の作業も、色んなことができる。たくさん経験した上で、将来どんな仕事に就きたいかを考えていきたいと思っています」と池田さんは自分の目標についても話してくれました。
池田さんは新しい仕事が入って、希望者を募ると必ずと言っていいほど手を挙げる好奇心旺盛な利用者さん。??トイレットペーパーの先端を三つ折りしながらも、「楽しくて仕方ない」といった表情がにじみ出ていました。
返礼品に小さな思いやりを添えて
出来上がったトイレットペーパーは、段ボールにひとつずつ感謝の絵葉書を入れています。この絵葉書を描いているのも、利用者のみなさんです。インタビューに応えてくださった久保田さんが絵葉書を入れるようになった経緯についても教えてくれました。
「正直な話、障がいがある方が作業をするので、包装紙をきれいに巻けないこともありました。それでも??変わらず購入してくださる方々に感謝を伝えたいと考えたのが、絵葉書を同封して贈ること。現在は、利用者さんが描いた絵と感謝の言葉を葉書にのせて送っています」
作業場を取材していると、目についたのは楽しそうにイラストを描く惣山開世(そうやまかいせい)さん。動物が大好きで、いつも絵葉書には動物を描いてくれるそう。「頭の中にあるものを紙に出すのが楽しい」と絵を描く楽しさを教えてくれました。
毎日使うトイレットペーパーを変えるだけ!
会社でも、家庭でも、毎日使うトイレットペーパー。しかし、環境保全や障がい者支援の側面からトイレットペーパーを考えたことは今までありませんでした。トイレットペーパーをあんしんのものに切り替えるだけで、環境保全にも、障がい者支援にもなる。そう考えると、手軽に支援ができそうですね。環境問題や障がい者支援に関心があるみなさん、まずはトイレットペーパーを変えることから始めてみませんか。