みなさんは藤の木から作られる「藤布(ふじふ)」をご存知でしょうか。
藤布は縄文時代に生まれた古代布の一種で、
悠久の時を経て今もなお、丹後の山里で静かに織り継がれています。
私たちが今回訪れたのは、そんな藤織りの工房がある京丹後市。
丹後松島などの景勝地を有する風光明媚な町で、藤布の奥深い魅力に迫ります。
みなさんは藤の木から作られる「藤布(ふじふ)」をご存知でしょうか。藤布は縄文時代に生まれた古代布の一種で、悠久の時を経て今もなお、丹後の山里で静かに織り継がれています。私たちが今回訪れたのは、そんな藤織りの工房がある京丹後市。丹後松島などの景勝地を有する風光明媚な町で、藤布の奥深い魅力に迫ります。
京丹後市は、京都府北部に位置する海辺の町。京都から鳥取にかけて連なる「山陰海岸ジオパーク」の一部であり、海岸沿いには美しい風景が広がります。丹後半島の国道178号線沿いから見られる「丹後松島」もその一つ。こちらは松の生い茂る島が海に浮かぶ様子が、宮城県の日本三景・松島に似ていることから名付けられました。
また、丹後松島から西へ約20分ほど車を走らせれば、全長1.8kmに及ぶ白砂青松のビーチ「琴引浜」があります。琴引浜は歩くとキュッキュッと音がする「鳴砂」が有名で、国の天然記念物や名勝に指定されています。
風光明媚な海景色をのんびり堪能したあとは、いよいよ今回の目的地である、藤織りの工房を目指します。
〈左上〉犬ヶ岬トンネルの東側にある展望所から丹後松島を一望 〈左下〉朝陽で赤く染まった丹後松島も一見の価値あり 〈右〉鳴砂の砂浜としては日本最大級を誇る琴引浜
藤といえば、春に咲く花を思い浮かべる人が多いかもしれません。藤棚から垂れ咲く紫色の花房は、桜と並び日本の春を彩る風物詩。そんな優美なイメージの藤ですが、実は遥か昔の日本では、藤の蔓(つる)から糸を紡いで布を織り、衣服や生活用品にしていたといいます。その起源は縄文時代にまで遡り、日本最古の和歌集『万葉集』でも多数の和歌が詠まれるほど、藤布は私たちの祖先にとって身近な存在でした。
しかし木綿の普及や時代の移り変わりとともに衰退し、一時は失われかけた製造技術。それを現代に守り伝えているのが「丹後の藤布 遊絲舎」の小石原将夫さんです。小石原さんは元々、京丹後で織物業を営む4代目主人。今から40年ほど前に、丹後半島の上世屋地区で細々と伝承されていた藤布の存在を知り、丹後藤織り保存会のスターティングメンバーとなりました。地元のおばあちゃんから先祖代々の技術を学んだ小石原さんは、藤布の魅力を後世に伝えるべく工房を立ち上げ、現在では藤づるの栽培にも取り組んでいます。
〈上〉例年4~5月に咲く藤の花 〈左下〉遊絲舎の代表を務める小石原将夫さん。藤づるの栽培を行う「衣のまほろば 藤の郷」にて 〈右下〉地元で水の神様として知られる貴船神社。藤糸を作る際は、この神社の前を流れる清らかな川に入って作業を行う
藤づるから糸を作り、織り上げるまでには、膨大な時間と手間ひまがかかります。まずは藤づるを採集して皮を剥ぎ、灰汁で炊きあげたあと、川の水でしごいて繊維を取り出しますが、1本の藤づるからとれる繊維はわずか約5グラム。さらに、その繊維を撚りつないで一本の糸にする「藤績み(ふじうみ)」の作業では、1日かけても20~30グラム作るのがやっとだそう。藤糸の帯は一枚で約600~1000グラムあるので、完成までの道のりを想像するといかに大変なことかがわかります。
続いて、糸の強度を上げる「撚り掛け(よりかけ)」の工程では、昔ながらの糸車を使用。この作業は以前、機械で試したこともあるそうですが、繊維が毛羽立って上手くいかなかったのだとか。「撚り掛けのコツは、温かい手のひらで糸を包み込みながら糸車を回すこと。人の手でなければできません」。
このほかにもさまざまな工程を経て完成した糸を、ようやく機織り機にかけて織り上げます。工房では足もとの踏み木と、横糸を通す杼(ひ)の奏でる音が優しく響き、丁寧な手仕事の様子に胸を打たれました。
〈上〉藤糸をかけた機を織り、藤布を織り上げる 〈左下〉一番手前が藤づる。この皮を剥ぎ、多数の工程を経ることで、繊維になっていく 〈中央下〉藤績みでは、親指と人差し指で繊維を撚りあわせる。黙々と時間のかかる作業 〈右下〉丹後に現存していた最古級の糸車を模して製作したという糸車
こうして昔ながらの手法で、手間ひまを惜しまず作られた藤布。小石原さんが代表を務める遊絲舎では、藤布や藤糸を使ったさまざまなオリジナル商品を考案しています。琴引浜など丹後の美しい海景色をモチーフにした着物の帯をはじめ、まるで天女の羽衣のように軽やかなストール。最近ではお客さんからの要望に応えて、バッグや財布など、洋装に合う小物も展開しているそうです。
「昔々の人々…私たちの祖先は、藤布を身にまとうことで、藤の木の強い生命力をいただいていたのかもしれません。自然と共生する精神や、生きていることの喜び。現代人が忘れかけているものを、藤布は思い起こさせてくれます」。そんな小石原さんの言葉は、まさに藤布の奥深い魅力そのもの。
丹後の美しい海や山に抱かれて、遥か昔から連綿と受け継がれてきた、先人たちの技術や思い。京丹後市の旅を通じて、人と自然が織りなす物語に触れることができました。
(2019年2月)
〈上〉「琴引の浜」や「青のさざめき」など、丹後の海景色から生まれた袋帯 〈左下〉工房ではコースターやしおりなど、藤織りの体験も実施(詳細は要問合せ) 〈右下〉ストール1万8000円~や財布4万5000円~は、現代の洋装にも合うデザイン
「和久傳ノ森」は、京都の料亭「和久傳」が、創業の地である京丹後市にオープンした複合施設。安藤忠雄氏が設計した「森の中の家 安野光雅館」では、画家・絵本作家としても有名な安野光雅氏の水彩画を鑑賞できます。工房レストランwakuden MORI(モーリ)では、京丹後の食材にこだわった食事やスイーツを味わいながら、木漏れ日のカフェタイムを楽しんでください。
森に抱かれた美術館(写真提供:安藤忠雄建築研究所)
久美浜産のジャージー牛乳を使った焼き麩アイスクリーム500円。山椒&ミルクの2種をセット
丹後松島(たんごまつしま)
【電】0772-72-6070(京丹後市観光協会)【住】京都府京丹後市丹後町此代【交】京都丹後鉄道網野駅から車で30分【料】【時】【休】周辺自由【P】10台(丹後松島展望所)
琴引浜(ことひきはま)
【電】0772-72-6070(京丹後市観光協会)【住】京都府京丹後市網野町掛津~遊【交】京都丹後鉄道網野駅から車で10分【料】【時】【休】周辺自由【P】600台
丹後の藤布 遊絲舎(たんごのふじふ ゆうししゃ)
【電】0772-72-2677【住】京都府京丹後市網野町下岡610【交】京都丹後鉄道網野駅から車で3分【時】10~16時【休】不定休【P】2台
和久傳ノ森(わくでんのもり)
【住】京都府京丹後市久美浜町谷764【交】京都丹後鉄道久美浜駅から車で15分【休】火曜(祝日の場合は翌日)【P】100台
美術館:【電】0772-84-9901【料】入館1000円【時】9時30分~17時(最終入館16時30分)
レストラン:【電】0772-84-9898【時】10~18時(17時30分LO)